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下手の横スキー92
第92回 やっぱりスキーは楽し
あらよっと。ちょいとごめんよ。今年もお邪魔しまっせえ――ってな感じで、いきなり冬がやって来ましたよ。日本各地から雪の便りが届き始め、うーん、今シーズンはなんだかとっても期待できそうなヨ・カ・ン。うふ。楽しみだなあ。
チューンナップに出してあったスキーも、ピカピカになって戻ってきたし、愛車のタイヤも冬用に履き替えたし、準備は万端。
……でも、仕事が終わらず、なかなか滑りに出かけられません(涙)。
ごめんよ、愛しのスノーちゃん。こんなにも早く会いに来てくれたっていうのに、待ちぼうけをくらわせちゃうなんてさ。ああ、僕はなんて罪作りな男なんだろう。ホントにごめんよ、スノーちゃん。もう少しだけ我慢してくれ。絶対に、失望はさせないからさ。ベイベー、僕の甘いキスでとろとろに溶かしてやるよ。いや、溶けてもらっちゃ困るけど。
と、気持ち悪い一人芝居はこれくらいにしておきまして。
あううううう、初滑りは一体、いつになることやら。
スキーに出かけたいよお、出かけたいよお、と駄々っ子のように畳の上をゴロゴロ転げ回ることにも飽き、過去の日記をぱらぱらとめくっていたら、こんな記述を見つけちゃいましたよ。
約七年前――作家デビューしたばかりの頃に書いたものであります。以下に抜粋。これぞ、秘技ページ稼ぎの術。違うって。
某月某日
志賀高原ツアー最終日。
昨日に引き続き、快晴。
3キロのロングコースをノンストップで3往復。笠井潔さんの体力はまさに超人的。
僕はといえば、ぜいぜい荒い息を吐きながら、なんとかついていくのが精一杯。
もう少し、基礎体力をつけないとなあ。
帰りの道中、二階堂黎人さんお薦めの温泉に、みんなで立ち寄る。
スキーヤーにはほとんど知られていない穴場らしいんで、温泉の名前や場所などは秘密。
二階堂さん曰く、「腐った池のようなにおいのする温泉だ」とのことだったんで、一体、どんなところなのかと内心ドキドキだったんですけど、いやあ、気持ちよかったあ。
確かに、腐った池のにおいはするし、お湯は思いっきり緑色だし、おまけになんだかヌルヌルするし、身体に正体不明の黄色い物体がくっついてきたりもしたんだけど、それらがいかにも身体に効きそうな感じでグー。
親しいスキー仲間と共に、ゆったりくつろいでいるような――そんな気分になってましたが、しかしよく考えてみりゃ、そのお相手は笠井さんや二階堂さんなわけで、なんで自分がこんなところにいるんだろうと、不思議な思いに包まれたりも。
旅行前は、もっと緊張するかと思っていたんだけど、皆さん、ホント気さくなかたばかりで、3日間、とても楽しく過ごすことができました。
スキーをやっていなければ、こーゆー機会にも恵まれなかったわけで。
ああ、スキーをやっていてよかったなあ、とこれほど強く思ったのは、生まれて初めてのこと。
たかが趣味、されど趣味。
スキー万歳!
もしも、スキーと出会っていなかったら。
仕事の合間に、ふとそんなことを考えちゃいましたよ。
そもそも、僕がスキーを始めたきっかけってなんだったんだろう?
んーと……本格的にやり出したのは大学生時代から。
「スキーが好きだったから、信州大学へ進まれたんですか?」ってな質問をときどき受けることがありますけど、答えはノンノン。なーに、ムーミン? いや、そうじゃなくて。
信州大学を志望したのは、星好きだったから。子供の頃に見た白馬村での夜空の美しさが忘れられず、それ以降ずっと、長野県は僕の憧れの土地でした。一にも二にも星を見ることが目的であり、スキーにはなんの興味も抱いていなかったんです。
もともと、スポーツは苦手。ひどく不器用で、なにをするにも人の倍はかかっちゃう男であります。だから、スキーを始める気なんて、最初はさらさらありませんでした。
だけど信州大学って、体育会系クラブであろうと、ナンパ目的のサークルであろうと、冬はすべてスキー部に早替わりしちゃうんですよね。大雪が降ると満足行く練習ができなくなるし、また、都会みたいにあちらこちらに娯楽施設があるわけじゃないので、冬になるとスキー場以外、ほとんど遊び場がなくなってしまうんです。ちょうどスキーバブルの時期と重なっていたこともあり、講義が終わったら、そのままスキー場へ直行という日も決して珍しくありませんでした。ってなわけで、先輩に誘われるがまま僕もスキー場へ。
最初は渋々でした。それがいつの間にやら、すっかりスキーの虜となってしまったわけですから、ホント、不思議なものです。
スキーはお金のかかるスポーツです。毎回のリフト代はもちろんのこと、2~3年に一度は必ず買い換えるスキー板やウェア。交通費だって馬鹿になりません。スキーに行かなければ、車だってとくに必要なく、車を持ってなければ、ガソリン代も車検代も駐車代も保険料もかからないわけで……。ありゃ。もしかして、スキーをやってなかったら、今頃、ものすごいお金持ちになってた?
……うーん、どうなんだろう? 確かに、今よりお金はあったかもしれないけど、だからといって後悔はしてませんよ。代わりに、お金では手に入らぬ素晴らしいものを、たくさん手に入れることができましたから。
先ほど紹介した日記にも書いてあったとおり、デビューして間もない地方在住のぺーぺー作家が、超ベテランの先輩作家のかたがたと共に泊まりがけの旅行へ出かけられるなんて、そんな夢みたいな話、そう簡単には実現しません。実現したのは、すべてスキーのおかげ。『かまいたちの夜』の舞台となったペンションで、原作者の我孫子武丸さんと一緒に過ごせるなんて、ゲームをやっていた頃は想像すらしていませんでしたよ。実現したのは、これまたスキーのおかげ。二階堂黎人さんと共同で書かせていただいた『KILLER Xシリーズ』も、おたがいスキーを趣味にしていなければ絶対に生まれなかったでしょう。それもまたスキーのおかげ。僕に読書の楽しさを教えてくれた、一番の憧れの人――東野圭吾さんと実際にお会いできたのも、またまたスキーのおかげ。まさしく、スキー様々であります。
スキーを通じて、大勢の友人ができました。スキーのオフトレとして始めたインラインスケートでも、これまた多くの友を得ましたし、スキーで腰を痛め、リハビリとして始めたスイミングでも、これこれまたまたたくさんの知り合いを……。その数はおそらく百人をくだりません。
「e-NOVELS」へ参加するきっかけを作ってくれたのもスキーですし、このエッセイを書かせていただくことになった発端もやっぱりスキー。かなり苦しまぎれな回もありましたが、一回も原稿を落とさず、ここまでなんとか書き続けてこれたのは、すべて「スキー好きーっ!」っていう絶大なパワーがあったからでしょう。
大勢の人にスキーの魅力を知ってもらいたい――そんな気持ちで始めたこのエッセイ。僕の想いは、どれくらい皆さんのもとへ届いたでしょうか? もしかしたら、マイナスイメージばかり植えつけてきたかもしれませんが(焦)。
たった一人でもいいです。「スキーってなんだか面白そうだな」と、ほんのちょっぴり思ってもらえたなら、このエッセイを書き続けてきた甲斐もあるってもんです。
さて。
2004年の春から約4年間続けてきましたこの連載も、「e-NOVELS」の引っ越しに伴い、今回で終了と……
なりません(笑)。
移転先のTimebookTownでも、しつこく続ける予定であります。
だってさ。いよいよこれからスキーシーズンが始まるってところでいきなり終わっちゃったら、まるで少年誌の打ち切り漫画みたいぢゃん。
魔龍城のベルゼバブを倒し、生き別れの妹を救い出すまで、僕は戦い続けます!
ではでは皆様、しばしのお別れをば。
次回はTimebookTownでお会いしましょう!
【そして、最後の最後までえげつなく宣伝】
1年8ヵ月ぶりとなる書き下ろし長編が、講談社ノベルスより発売されます。タイトルは『ナナフシの恋~Mimetic Girl~』。バカ売れしたら、スイスに豪邸を建てて、毎日スキー三昧さ! あはははは。
(作者註:てなこと書きつつも結局、「下手の横スキー」が再開することはありませんでした💦 つーわけで、これにて終了!)