
アパレルショップ綺羅の事件簿 02
1 〈綺羅〉店内(承前)
仁恵 「どうしよう? ねえ、どうしよう? あれこれ妄想が膨らんじゃって、あたし、もう恐ろしくって恐ろしくって。ガードマンさん、どうしたらいい? これじゃあ今日の仕事に、影響が出ちゃうかも。あたし、あまりの恐怖で、朝からひとこともしゃべることができなくなっちゃって……」
麻美 「おい! 嘘つくなよ。どの口がそんなことをいうんだ?」
仁恵 「……え?」
麻美 「やっとしゃべれたわ。で、どうする? 警察を呼ぶか?」
仁恵 「ううん、それはやめておく。被害はとくになかったし、警察がやって来て、あれこれ訊かれるのも面倒だし。若いイケメンの警察官なら大歓迎だけど、どうせやって来るのは、商店街の入り口にある交番の寝てるか起きてるかわからないこーんな細めの(目尻を引っ張って細目を作りながら)冴えないオジサンでしょ? ねえ、あの人ってきっと独身だよね? 恋人とか絶対にいなさそう。たぶん、アイドルとか追いかけてるオタクだよ。鉢巻して、ペンライト振り回して、ジャージャー、ファイボ、ワイパー!」
麻美、途中から仁恵を無視して、店内を調べ始める。
仁恵 「ちょっと。なんであたしのことを無視するわけ?」
麻美 「貴様の話にいちいちつき合ってたら、あっという間に陽が暮れちまうわ。(下手を調べながら)入口のこのドアが開いてたんだよな?」
仁恵 「うん、そう。朝、あたしが出勤してきたら、ドアに鍵がかかっていなくて」
麻美 「昨夜、閉め忘れたってことは?」
仁恵 「それは絶対にない。最近、なにかと物騒でしょ? うちのお店に置いてある商品はどれも高級で、盗まれたら大損になっちゃうから、いつも戸締りだけはしっかり確認してるもの」
仁恵と麻美、話をしながら客席に背中を向けて舞台奥へ。ふたりの様子をちらちらとチェックしつつ、キラが動き出す。
キラ 「はーい。再びマネキンの妖精、キラです。このお店に侵入者? イヤだ、怖い。でも、あたし、怪しい人影なんて見なかったけどなあ。(もう一体のマネキンに近づき)ねえ、あんたはなにか見かけた? ……返事するわけないか。あたしと違って、あんたはただのマネキンだもんね。(客席に顔を向けて)あ……もうおわかりだと思うけど、一応説明しておくね。(仁恵に近づき)この人が〈アパレルショップ綺羅〉の店長さん――猪俣仁恵。とにかくおしゃべり好き。一日中、しゃべりっぱなし。よく口が疲れないものだと、あたし、いつも感心してるわ。(麻美に近づき)この人は張麻美さん。中国からやって来た留学生よ。中国拳法の使い手で、昼間はこの商店街でガードマンとして働き、週末は近くの公民館で子供たちに中国拳法を教えてるんだって」
キラ、定位置に戻ってポーズ。仁恵と麻美が客席のほうへ向きを変える。
麻美 「店長。防犯カメラは確認したか?」
仁恵 「…………」
麻美 「え? なんだ?」
仁恵、突然無言になり、もじもじし始める。
麻美 「突然気持ち悪いな、おい。もしかしたら防犯カメラに犯人の姿が映ってるかもしれないだろ?」
仁恵、質問に答えず、麻美にすり寄り、彼女の胸のあたりを指先でくるくると撫でまわし始める。
麻美 「貴様、気持ち悪いってば!」
仁恵 「あのね……怒らないで聞いてくれる?」
麻美 「なんだ?」
仁恵 「話す前に約束して。怒らないで聞いてくれる?」
麻美 「面倒くさいなあ。ああ、わかった。怒らないから話せ」
つづく