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MAD LIFE 114

8.今、嵐の前の静けさ(8)

4(承前)

「……瞳」
 社長室の男はうろたえながら口を開いた。
「おまえ、なんでこんなところに?」
 それはこっちの台詞だ。
 そう思いながら、瞳はゆっくりとその男に近づいた。
 様々な記憶が頭の中でぐるぐると渦を巻く。
 いいたいことは山ほどあったが、なにも言葉が出てこなかった。

「ようし、準備はいいな?」
 西龍統治は鈍く光る銃を手にして叫んだ。
 悪意に満ちたどす黒い空気が彼を包みこむ。
「立澤はニューセントラルビルにいるそうだ」
 銃を見つめながら、統治は淡々という。
「奴の命は俺が獲る。おまえらは事務所へ踏みこめ」
「承知しました」
「全員、皆殺しにしてやりましょう!」
「行くぜ、みんな!」
 うおーっ! と狼の遠吠えにも似た声があちこちでわき起こった。
「立澤組もこれでおしまいだ」
 銃の安全装置をはずしてにやりと笑う。
 午前八時。

 洋樹はこの日も、いつもと同じように満員電車に揺られていた。
 昨夜は一睡もしていなかったが会社を休むわけにもいかない。
 これがサラリーマンのつらいところだ。
 大きなあくびをひとつする。
 頭はぼおっとしたままだ。
 まぶたがひどく重い。
 この調子だと、会社では一日中、居眠りをしそうだな。
 そう思い、思わず苦笑が漏れた。
 中西は出社してくるだろうか?
 彼も洋樹と同様、まったく寝ていないはずだ。
 だけど……あいつはまだ若いからな。
 洋樹は首の骨を二回鳴らすと、もう一度あくびをした。
 俺はすっかり中年だ。
 ブレーキがかかり、身体がつんのめる。
 電車は見慣れた駅で停まった。

(1985年12月4日執筆)

つづく

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