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海が見たくなる季節 4
2(承前)
「ぎゃっ!」
周囲に目を移した僕は、腰をぬかした。僕を中心に、数えきれ
ないほど多くの黒い塊が笑っている。まるで、僕のことを嘲笑しているようだ。
「なんだ、これは!?」
ぼくは悲鳴に近い声をあげた。
黒い塊は僕を取り囲み、じりじりとその距離を狭めていく。このままだと、あの塊に封じ込められてしまうかもしれない。
「悪夢だ。これは悪い夢に違いない。早く……早く僕を家へ帰してくれ!」
大声で叫ぶ。もはや語尾は涙声だった。
そのときだ。
僕の耳に、
「こっちよ。こっちへ逃げるの」
少女の声が飛びこんできた。
その声はまったくこの場にそぐわなかったが、そうであることがかえって僕の心を安心させた。
「こっちってどっちだい?」
周囲を見回し、声の主を探す。
「上よ、上」
声に従って、僕は頭上を見た。驚いたことに、少女が浮かんでいる。
……天使?
僕の心に最初に浮かんだ言葉はそれだった。
少女は僕の周りにオレンジ色の光を放った。バリアの役目を果たしているのか、光は黒い塊をまったく寄せつけようとしない。
暖かい春の風を全身に感じた。どこからか土のにおいも漂ってくる。
……大地?
僕は潤んだ目で少女を見上げた。
「さあ、私の手を握って」
少女が右腕を伸ばす。僕は細くてやわらかい手を握りしめ、彼女の顔を見つめた。
少女はにこりと笑うと、僕の全身を優しく包みこんだ。
彼女の体からは甘酢っぱいにおいがした。
これは土のにおい……そして、汗のにおい……。
……気持ちいい。
僕は深い眠気に襲われた。
3
目を覚ます。
汗をびっしょりかいていた。
カーテンの隙間から射し込んだ朝の陽射しが、僕の顔をまぶしく照らす。
「夢か……」
僕は上半身を起こすと、ため息をつきながらカーテンを開けた。
……オウチヘカエリタイ……
またあの声が聞こえてくる。
さすがにうんざりだった。
つづく
※読みやすくするため、原文に多少の修正を加えております。