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下手の横スキー29
第29回 決戦のとき
クラブ対抗戦当日。
スキー学校の宿舎から直接やって来たメンバー3人と合流し、リフト運行開始と同時に練習スタート。こんな早くから頑張っているチームは、僕らだけです。
「よっしゃあ。負けないぞおっ!」
気合いを入れて滑り出したまではよかったんですが、前日の雨でカチカチに凍ったバーンに足を取られ、いきなり転倒。うわっ。縁起悪っ!
ここしばらく、春のやわからい雪の上でばかり滑っていたため、どうも調子がいまひとつです。「くろけんさん、滑りが乱れてますよ。緊張してるんですか?」とまでいわれる始末。うわーん(涙)。緊張してるんじゃありません。単に、アイスバーンを滑る技術がないだけなんですううううう(号泣)。
泣き叫んでいるうちに、今度は大雪が降ってきました。北風も強くなって、もう大変。泣きっ面に蜂とは、まさにこのことか。
アイスバーンの上に、春の重たい雪がうっすらと積もって、なんとも滑りにくい状況。うわっ、横滑りしてる! と思ったら、次の瞬間にはいきなりブレーキがかかってつんのめったり。ツルツルとベトベトが入り混じって、うわーん、どうやってスキー板を操作したらいいのかわかんないよおおお。化粧崩れした顔の上を滑っているような感じと説明すれば、スキーをやらない人にも理解していただけますでしょーか? わかんないって。
「うわあ、不安だよお、不安だよお」
弱音を漏らす僕に、
「大丈夫。なにも心配しなくていいですから」
Iさんが優しい言葉をかけてくれました。
「短期間でここまで上達したんですから、みんなすごいですよ。いつものように演技すれば、絶対に高得点を出せます」
「ホントに? ホントに?」
「大丈夫です。自信を持ってください」
ああ。Iさんが輝いて見える……。
今回、Iさんにはホントお世話になりっぱなしでした。フォーメーションのノウハウを持つ人物がほかにいなかったため、プログラムの構成から練習方法、演技指導まですべて任せっきり。ときには厳しいこともいわれましたが、彼がいなければ絶対にここまで頑張ることなどできなかったでしょう。
Iさんに励まされながら練習を続けていると、次第にほかのチームの人たちも集まってきました。
うおっ。どのチームもうまいよ。「絶対に入賞しますから!」と、みんなに大見得を切ってしまったけど、ホントに大丈夫なのか? 転倒なんてしたら、三林ケメ子に「ほーっほっほっほっ」と高笑いされるのは目に見えてます。
開会式直前まで練習を繰り返し、完全には不安を拭いきれないまま、ついに運命のときがやって来ました。
あうあうあう。プログラムを見てびっくり。なんと、僕たち4名がエントリーする「RスキークラブAチーム」は、全20チーム中、最初の出走です。
「ど、ど、ど、どうしよう? トップだよ、トップ。トップレスばんざーい!」
あまりの動揺に、自分でもなにをしゃべっているのかよくわかりません。しかし、こんなときでもIさんは冷静でした。
「トップを滑るということは、つまり余計なことを考える暇がないわけですよね。フォーメーションの場合、ほかのチームの滑りを見て、あれこれ不安になることが、チームワークの乱れにも繋がるんです。だから、これでよかったと思いましょう」
「そ、そうか。そうだよね。トップでいいんだ。トップレスばんざーい!」
スタート地点に集まる4人。僕は3番手の位置に並びます。緊張の瞬間です。
充分とはいえないものの、昨年や一昨年に較べれば、十倍以上の練習をしてきました。大きなミスさえなければ、それなりの結果を残せるはず。
「RスキークラブAチーム、スタートしてください」
スタート員のかけ声で、4人はいっせいにスタートを切りました。
まずはスピードを上げるため、大回りのトレイン。そこから縦一列に並んでの小回り。さらに、左右に広がって小回りを2回。再び中央に戻って小回りを2回。
滑りながら、「これはイケる!」と思いました。練習中にも感じることがなかったサイコーの手応えです。
後半はカービング系の中回りで、スピード感をアピール。途中、重たい雪にスキー板を取られ、バランスを崩しそうになりましたが、なんとか持ちこたえ、ゴールラインを通過。フィニッシュもうまく決まりました。
5名の検定員が示した得点に目をやると、ををを、全員が80点以上の高評価。充分に入賞圏内です。 とにかく、やるべきことはやりました。あとは、ほかのチームの出来次第で順位が決まるわけで、ドキドキしながら次に滑り降りるチームを見つめます。僕らの出した得点より低ければ、ガッツポーズ。4チームが滑り終えた時点で、「RスキークラブAチーム」は依然トップのまま。
5チームめに、強豪「Kスキークラブ」が登場。さすが優勝候補だけあって、完璧な演技を見せてくれました。残念ながら2点差で負けてしまい、「RスキークラブAチーム」は2位に後退。しかし、そのあとも2位をキープし続けました。
10チームが滑り終えたあたりから、鼓動はさらに高まっていきます。
もしかしたら、このまま2位で逃げ切れるんじゃないか?
上位2チームは、来年行なわれる東海・北陸ブロック大会へ出場する権利を得ることができます。こうなったら、なんとしてもブロック大会への切符を手に入れたい!
16チームめに、三林ケメ子率いる「RスキークラブCチーム」が登場しました。今年は負けるはずがないと思っていたんですが……あれれえ? これがメチャクチャうまいんです。
「う、嘘? もしかして負けちゃうんじゃないか?」
おおおおお、とギャラリーからもどよめきが起こります。
なにも身内でつぶし合うことないぢゃん。お願い。やめて。ケメ子ちゃーん!
ハラハラしながら見ていると、なぜかゴールライン手前でぴたりと停止する4人。
……え?
僕だけでなく、検定員も周りの観客も唖然としています。全員がゴールラインを通過しなければ、失格と見なされてしまうのだから当然です。
「ちょっと、ちょっと。ゴールはそこじゃないわよ。もう少し滑らなくっちゃ」
「え? そうなの? 誰もそんなこと教えてくれなかったぢゃん」
「教えなくたってわかるでしょ!」
おいおい。競技中に喧嘩を始めるなよ。
そこまでは完璧だったのに、最後がボロボロ。当然、点数もサイテー。ありがとう、三林ケメ子! 僕らに花を持たせてくれたんだね。
そのまま残りの4チームにも勝利し、ついに僕らは念願の準優勝を手に入れたのでした。バンザーイ。バンザーイ。
うわーい、やったぞお。スキーで表彰台に立ったのは、生まれて初めて。4人分のメダルはずっしりと重かったです。
「みんな、どうもありがとう」
メンバー3人に礼をいう僕。
「とくに、Iさんにはお世話になりました。今回の勝因は、Iさんが飴と鞭を上手に使い分けて、僕らを指導してくれたおかげです」
「いやあ。運もよかったんじゃないですか」
と、いつものことながら謙虚なIさん。
「昨日の雨が有利に働きましたね。バーンが凍ったために、バランスを崩すチームがやたらと多かったですし。三林ケメ子率いるCチームの場合は、ゴールラインを越えて停止しなければならないというルールを知らなかったことが、我々に幸運をもたらしてくれました」
「そうか。飴と鞭のおかげというよりは――」
にっこり微笑んで、僕はひとこと。
「雨と無知のおかげだったわけですね」
おあとがよろしいようで(ちゃかちゃんりんちゃんりん♪)。