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海が見たくなる季節 10(終)
5(承前)
由利さんは、僕のほうへ向きを変えて言った。
「わかったわね、幹成さん。もっと強くならないと。逃げてばかりじゃ駄目。もし、あなたが、今の世界を不満に思うなら、あなた自身が、この世界を作り変えていかなくっちゃ」
「君は……」
僕は起きあがると、戸惑いながら由利さんに尋ねた。
「君は一体、誰なの?」
「私?」
由利さんはくすりと笑うと、右手で髪をかき上げ、僕の目の奥を覗きこみながら答えた。
「私はあなたの……」
次の瞬間、由利さんの声は大人の男性のように野太くなった。それと同
時に、彼女の体は地面の中へと溶けこんだ。
「私はお前の父さんだよ」
ひと筋のまぶしい光が、土の中へともぐっていく。僕はその光景を、ただ呆気にとられて見守ることしかできなかった。
由利さんが完全に姿を消したところで、僕は目を閉じて体をかがめた。
「……頑張ってみるよ」
そう言って父に――大地にキスをする。
土のにおいは、由利さんのにおいだった。
六
「泳ぎにいくぞ」
旅館の窓からぼんやり海を眺めていると、すぐ近くで小菅の声がした。
「おい、あの女の子、もう旅館にいないぜ」
「帰っちゃったのかな?」
「かわいい子だったのにな」
みんなが口々にしゃべる。
「よし、泳ぎに行こうか」
僕は三人のほうを振り返って言った。
「ビーチボールでバレーでもしないか?」
けげんそうな顔でこちらを見つめる三人に向かって、僕は笑っ
た。
「……どうした、お前?」
小菅が目をしばたたかせる。
「え? なにが?」
僕は首をかしげた。
「なにかいいことでもあったのか?」
と問いかける平林には、
「いや、べつに」
肩をすくめてごまかした。
「よし、幹成! バレーしようぜ!」
大竹が僕の肩を思いきり叩く。
僕をとりまく世界は、昨日とは違う方向へ動きはじめていた。
おわり
※読みやすくするため、原文に多少の修正を加えております。