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MAD LIFE 240
16.姉弟と兄妹(13)
5(承前)
「びっくりしただろう?」
「え、ええ……」
「驚きついでにもうひとつ、いいことを教えてやろうか」
「……なに?」
激しい胸騒ぎに不安が募る。
江利子の反応を見て、浩次は嬉しそうに笑った。
「慌てて話す必要もないか。ひさしぶりに会ったんだし、ゆっくりさせてもらうよ」
彼は急に態度を変え、ベッドに腰かけた。
枕元に置かれたウィスキーのボトルを手に取る。
「そこのグラスを取ってくれ」
江利子は命じられるまま、彼女のそばに伏せて置いてあったグラスをつかむ。
「おたがい、すっかり変わっちまったな」
江利子からグラスを受け取ると、ウィスキーを注ぎ入れながら、浩次はいった。
「ときどき、自分が怖くなる」
「……え?」
「どこまで墜ちていくんだろうなと思うとさ」
浩次は江利子の持つグラスにもウィスキーを注ぎ、静かに目を閉じた。
「結局、俺も兄貴と同じ運命をたどるんだ」
グラスの中の液体を見つめながら、さらに続ける。
「俺の兄貴は殺されてもしかたのない男だった。十七歳のときに家を飛び出し、立澤組に入ったらしい。とんとん拍子に出世して、二十歳を過ぎた頃には立澤の姓を名乗るようになり、気づけば組長だ」
「…………」
「兄貴は麻薬常習者だった。弟の俺でもぞっとしたよ。兄貴の目を見ると、いつでも背すじが凍りついた。怖かった。怖かったけど……まさか親に手をかけるとは夢にも思っていなかった」
「親?」
江利子は尋ねた。
「あなたの両親って、交通事故で死んだはずじゃ――」
「いや、違う」
浩次はグラスの中身を一気にあおると、吐き出すようにいった。
「殺されたんだ、兄貴にな」
(1986年4月9日執筆)
つづく
この日の1行日記はナシ