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MAD LIFE 149

10.思いがけない訪問者(12)

4(承前)

「おい。そんな口をきいていいのか?」
 中西はそういって、さらに男の腕をひねった。
「い、痛てててて。わかった、わかりました。出ていきます。出ていきますってば」
 男が情けない声をあげる。
「二度と来るな!」
 ふたりを家の外へ放り出すと、中西は入口のドアを閉め、しっかりと鍵をかけた。
「チクショー! 覚えておけよ!」
 ドアの外から負け犬の捨て台詞が聞こえてくる。
「おじさん、すごい! 強いのね」
 真知が部屋の奥から飛び出してきて、手を叩いた。
「さあ、もう一度訊くぞ。君は誰なんだ?」
 中西はうんざりした表情を露骨に貼りつけて尋ねる。
「あたし?」
 彼女は照れた様子で答えた。
「あたしはおじさんの恋人よ」

 長崎は最後の力を振り絞って、明かりのついたアパートの前までやってきた。
 先程からつまらないことばかり思い出す。
 もしかしたらこれが死ぬ前に見る走馬灯というやつかもしれない。
 ふと、部下である黒川の顔が思い浮かんだ。
 まったく……あいつめ。

 その日、長崎はいつもと同じように、地下の隠し部屋で成人雑誌を読みふけっていた。
 時間をつぶす方法を、彼はこれ以外に知らなかった。
 ドアが開き、妻の伸江が顔を覗かせる。
「あなた、電話よ」
「誰からだ?」
「黒川さん。なんだか声が震えていたけど」
「まさかあいつ、ドジを踏んだんじゃねえだろうな」
 長崎はそう口にしながら、雑誌を床に放り投げて立ち上がった。
 埃の積もった階段を上り、はずしてあった受話器を手に取る。 

 (1986年1月8日執筆)

つづく

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