星野源というアリ地獄
「星野源」この3文字を見るだけで、栄養ドリンク100本分ぐらいのエネルギーがみなぎってくる。
彼にハマったのは去年大ヒットしたドラマを観てからだ。
つまりかなりミーハーな、ファンなりたてほやほやである。
しかし、そんなファン歴一年に満たない私でも語りつくせぬほど、彼は魅力に溢れている。
演技力もさることながら、エンディングで流れた「恋」と「恋ダンス」は社会現象と呼ばれるほどヒットした。
仕事もできるし頭もいいが、恋に奥手で不器用な平匡さんが、エンディングで他の誰よりもキレッキレのダンスを披露する姿に目を奪われたのは私だけではないはずだ。
ドラマが最終回を迎え「ああ、来週から何を楽しみにすればいいの……」などと思ったがその心配は無用だった。
ドラマにもはまっていたが、彼が作った主題歌の「恋」にも大いにハマっていた私は、次に彼の音楽を聴き始めた。
そしてまんまと、と言うべきか、当然のごとくと言うべきか、彼の音楽にもズブズブとのめり込んでいった。
ドラマの主題歌の「恋」と、2015年にやはりドラマ主題歌となった「SUN」は、彼をあまり知らない人でも聞いたことがあるのではないかと思う。
もちろんどちらもいい曲なのだが、その他の曲もいい。本当にいい。
特に歌詞が抜群にいい。派手で強烈なフレーズではなくて、普通の言葉で日常のほんの些細な……つい見過ごしてしまいそうな小さな幸せに気づかせてくれる。
死について歌っている歌も何曲かあるのだが、ともすれば、それと気づかずに終わってしまいそうな、明るく穏やかなメロディーなのだ。
「死」と聞くと少し体がこわばってしまうというか、まるでハリーポッターの世界のヴォルデモードのように、口にすることはタブーというような気持ちになるが、彼の手にかかれば、それすら一気に日常の一部になってしまう。
今でこそ、死は誰にでも訪れるもので、それがいつ訪れるかは誰にもわからないもの、特別なものではないと思えるようになったが、母が亡くなった直後は、世界中の不幸を1人で背負っているように感じた。自分だけが特別に辛い思いをしているようだった。あの頃の自分に聞かせてあげたら、少しは心が軽くなったんじゃないかなあと思うような、そんな優しい曲だ。
すごいのは、この曲が想像で書かれているということだ。彼は2012年にくも膜下出血で倒れたが、この曲が書かれたのはそれより以前なのだ。
その辺りは彼が文筆家であることにも関係しているのかもしれない。
実は、私はまだ彼のエッセイは読めていない。だが、つい2カ月ほど前に発売された「いのちの車窓から」は初版12万部、発売前に6万部の重版も決定していたことからも、ただの「タレント本」でないことは確かだ。
そして、5月から彼のライブツアーが始まった。
「もうこれは行くしかない。いや、是が非でも行かねばならない」
そんな気迫が功を奏したのか、福岡の2日間の日程のうち1日だけチケットが取れた。
私はあんなに隅々まで楽しめるライブに行ったことはない。
以前、K-POPにはまっていたことがあって、ライブに行きまくっていた時期があった。ステージには花道があって、彼らはその隅々まで走り回ってファンサービスをしてくれたし、歌もダンスも練習に練習を重ねてとても素晴らしいライブだった。
でも当たり前だが、どこか「用意されたものを演じている感」はあって、バンドのメンバーやダンサーは、彼らの引き立て役という印象だった。私はあくまで「彼ら」だけを観に行っていた。
だが、今回のライブは違った。
星野源という人は自分を「歌手」ではなく「音楽家」だという。
それは歌を歌うだけではなく、CDジャケットやMVや、その作品に関わるすべてをプロデュースしたいからだそうだ。
コンサートが始まる前に口上があるのだが、それも星野源本人がシナリオを書いたそうだ。バンドのメンバーもダンサーも、脇役ではなく出演者としてステージに立っていた。
星野源を観に行ったのではなくて、星野源というチームの一つの作品を見せてもらったという感じだった。お互いが信頼し合い、リスペクトし合って、何より楽しんでライブを作っているのが、観ている私たちにも伝わってきた。
とにかく楽しくて気持ちがよくて最高の経験だった。
そもそも私は星野源という、アリ地獄にすでに片足を踏み入れていたのだ。
そこへあんな素晴らしいライブなんぞ観せられてしまったら、もう結果は見えている。
ご想像通り吸い込まれるように、アリ地獄の中心にはまり込んで、もう抜け出せなくなってしまった。だが、このアリ地獄はエネルギーを吸い取られるどころか、ハマればハマるほど、どんどんエネルギーに満ち溢れてくる。
もちろんぬけ出る気など毛頭ない。それよりも、むしろ新たな犠牲者を増やそうと目論んでいる。
これを読んだ人が1人でも多く星野源というアリ地獄に足を踏み入れてくれることを、アリ地獄の中心でワクワクしながら待ちわびている。