小説書き出し試し読み《青の彼方(仮)》
☆新作小説の一部を書いてみました。
物語の序盤がこの続きを読んで見たいものになっているかを知りたいので、読んでいいなと思ったらコメントやスキを頂けると嬉しいです!!
よろしくお願いします。
【エピローグ:待ち人は海の彼方】
これは、私が小学5年生の時の話だ。
夏休み最後のお盆休暇を利用して、鳥取県に住むお婆ちゃんの家に遊びに行った。
お婆ちゃんは齢85歳を迎えるのにまだシャンとして意識もはっきりしていた私の自慢のお婆ちゃんだった。
しかし、足だけは弱く、車椅子じゃないと動けない。
誰かが付き添ってあげられたら良いのだが、お爺ちゃんは去年、心臓の病で亡くなってしまった。
今はお婆ちゃんが一人で暮らしている。
それなのに、いつも外に出ようと一人で車椅子を動かすのだ。
そんなお婆ちゃんをお母さんはすごく心配して私に付添うよう、よく言い聞かせた。
お婆ちゃんは頑固で、大抵、自分以外の人に車椅子を押させはしないのだ。
娘のお母さんですら、人に押されることをひどく嫌がった。
きっとお婆ちゃんは、自分の自由を誰かに拘束されるのが、嫌なのだろう。
しかし、それとは打って変わって、孫の私には車椅子を押して欲しがるのだ。
お婆ちゃんはよく私を連れ出して近所を歩くと、よく自慢の孫だと言って回ってくれた。
だが、お母さんは、子供と老婆を外出させることにひどく反対してよくお婆ちゃんと喧嘩していた。
それでも悩んだ末に、みんな町行く人は顔見知しりであるくらいの田舎町であるこの場所だけを歩く。あまり遠くへ行かないという約束でお婆ちゃんと私の外出をどうにか許可してくれていたそうだ。
「優梨、お婆ちゃんと一緒に外を歩いてちょうだい。あなたと一緒に散歩をするのをお婆ちゃんは毎回、楽しみにしているのよ」
お母さんは心配性だからよくお婆ちゃんを連れて歩く時はそう言って声をかけた。
そんな事情もあって私は、お婆ちゃんの家に来るとよく車椅子を押して一緒に外を散歩していた。
ある時、車椅子を押してあげると、お婆ちゃんは私にお礼を言いながら笑ってこんなことを言った時がある。
「ありがとうね。歳を取ると脚なり腕なり自由が効かなくなることは増えるけれど、大事なものは心だから。優梨、自分も相手も心はちゃんと大切にするんだよ」
その頃の私にはお婆ちゃんはなぜ、そんなことを言ったのかよくわからなかったけれど、今ならお婆ちゃんのその言葉を私に言っていたのがよくわかる。
そんな感じで私とお婆ちゃんは田舎町を今回もまた散歩していた。
行き先は決まっている。
お婆ちゃんが家を出ようとするのは、海が見たいからだった。
この町は今は漁師の数はめっきり減ってしまっていたが昔は活気あふれる良港だったのだ。
今でも漁師の船はまだ日が昇る前の朝の早い時間に出航し、朝日を浴びて戻ってくる。
一度だけ、早起きしてその光景を見た時は、どこかの絵の世界にでも連れていかれたのように鮮やかな赤に漁船が照らされるのだ。
そしてこの町にいると、海の波の音もよく響いてくる。
海に近づくと波の音が耳にすうーっと身体に入り込んでくる気がするのだ。
荒れている時は、轟々と波の音がするし、静かな時は、サラサラと心地よい波の音がする。
外に出て、海を眺める時はよく波の音を二人で聞いていた。
そんな音の変化をおばあちゃんは、人の心のように感じているのかもしれないくらいにふと気づくと彼女は笑ったり少し怪訝そうな顔をするのだ。
私もまた心の声を傾けるようなおばあちゃんの存在とこの海の見える景色が好きで、お婆ちゃんが波を聞く時は私も耳を澄ませていた。
この夏の日も、お婆ちゃんは私を散歩に誘った。青空の下に雲がいくつも流れていて、羊の群れみたいに空を流れていく。私はおばあちゃんの車椅子を押しながらも、空に見惚れてしまうことが多かった。
車椅子を押しながら、不意に立ち止まる私に、ふふふと笑いながらおばあちゃんは声をかけた。
「優梨。今日はよく晴れているねえ」
「あ、ごめん、お婆ちゃん。せっかく押してあげるために一緒について来たのに私がボーッとしたらだめだよね」
私はお婆ちゃんの車椅子を慌てて、ゆっくりと押し始めた。
「いいさ。海は逃げないもの!のんびりゆっくり行ったって誰も怒ったりしないよ。それにしてもふと見上げてしまうほどに優梨は空が好きなのかい?」
「うん!雲の形や空の色が変わるのを眺めるのがすごく好き」
お婆ちゃんから空の話を振られた時に、不意に今までお婆ちゃんに海が好きな理由を聞いたことがない事に気付いた。
一度、気付いてしまうと私はどうしてもお婆ちゃんに理由を尋ねたくなってしまった。
「お婆ちゃんはさよく海が好きで見に行くけれど、なんで海が好きなの?」
その話を振った瞬間、お婆ちゃんはふと考え混むように黙った。
私は急にお婆ちゃんの態度が変わったことに、何かまずい事を聞いてしまったのだと思った。
「ご、ごめんお婆ちゃん。何か話したくないことだったら…」
慌てて話をなかったことにしようとした私の話を遮り、お婆ちゃんは言った。
「大丈夫よ。まあ、そうだねえ。海を眺めた時にでも教えてあげるよ」
しみじみというお婆ちゃんの言葉には何か深いものを感じた私がいた。
お婆ちゃんの海が好きな理由はなんなのか気になった。
その続きを聞きたくて、私は海への道をなるべく急いで進んだ。
そして私とお婆ちゃんは、海まで進んでいき、やがていつもの灯台前にたどり着いた。
灯台に至るまでは少し緩やかな坂になっており、登るには一苦労なのだが、お婆ちゃんの支えもあり、徐々にチカラがついてきた私の腕もあってか今日はスムーズに登り切る事ができた。
坂になっている分、灯台の真下から海を眺める景色はより隅々まで見渡す事ができた。
カモメの群れが遠くの方で舞っているのが見える。お婆ちゃんはたどり着くとしばらくの間、地平線の彼方を眺めていた。
私もそちらをまっすぐに見るが、お婆ちゃんが何をみているかは分からない。
ふとお婆ちゃんは、独り言を呟くように、私に語りかけ始めた。
その声は、波にさらわれそうなくらいの小さな声だった。
「優梨、海を私が好きな理由を教えてあげよう。だけど、今から言う話はね、誰にも言っちゃいけない。特にお前のお母さんはね。約束できるかい?」
私はうんと一つだけうなづくのを確認するとお婆ちゃんは細々とした声で語り始めた。
「私はね、本当は死んじゃったお祖父さんじゃない別の人が好きだったんだ」
「別の…人?」
私はその話に困惑する。
じゃあ、お婆ちゃんはお爺ちゃんを好きではなかったのだろうか。
でもお婆ちゃんはお爺ちゃんのことを嫌っているような素ぶりを見たことはなかった。
お婆ちゃんは少し申し訳なさそうに私の顔を見た。
「こんな話をしても困るわよね」
そう付け加えると、お婆ちゃんは記憶を思い出すかのようにまた話始める。
「あの頃は戦争の真っ最中で、みんな生きるので精一杯だった。私はこの街で看護師として待機するお役目をもらったけれど、好きだった彼はね、赤いお手紙をもらって海兵として戦争に行く役目をもらったんだよ」
お婆ちゃんの話を聞きながら、私はこの間、社会の授業でそんな話を習ったことを思い出した。
確か、赤紙というものだ。
「そして彼は戦争に向かい、そして2度と戻らなかった。私は彼の所在を訪ね歩いたけれどね、彼の家族も空襲で亡くなっていたから、本当に彼の生死を知る人はいなくなってしまった。そんな中、終戦を迎えて私は、お爺さんと一緒になったのさ。けれどもね、今でも想うんだよ。彼がどこかで生きてないかって、海の彼方に生きてるんじゃないかって…もしも、もしもまた会えたら私は彼に謝らなくちゃいけないんだ。そしてありがとうも伝えなくちゃいけない」
それきりお婆ちゃんはまた黙って海の彼方を見つめていた。
私はそれ以降、お婆ちゃんにその話を一切、聞いたことがない。
お婆ちゃんがその彼という人物とどれほどの仲にあり、どんなことがあって想いを重ねていたのかは聞くことができなかった。
そしてお婆ちゃんは私が中学を卒業する前の年の暮れに倒れ、そのまま静かに息を引き取った。
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