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大谷理佳子「wave」鑑賞 アートの力でダンボールが波になる?
先日、ヨコスカアートセンター(横須賀市上町)で開催中の大谷理佳子「wave」展を鑑賞してきた。
○大谷理佳子「wave」展
大谷理佳子はヨコスカアートセンターにあるすべての壁面を”波”と”歌詞”で埋め尽くすインスタレーション作品を発表します。
波は同じ形が存在しない唯一性を持ちながら幾度となく繰り返される運動によって、儚さや稀有さを観る者に感じさせます。その波に、大谷自身が作詞した歌詞が重ねられています。
“波”と”歌詞”は調和して共振するように見えますが、時に相反し、決して一つの意味や結果に固定されることはないがゆえ、不確かさが溢れます。しかし、その不確かさこそが観る者の心に余白を与え、そこからさまざまな感覚を呼び起こします。そして、その感覚は、私たちが日常生活の中で押し寄せる情報やモノに埋もれ、自分にとって本当に大切なものを見失っているかもしれない現実を浮き彫りにします。このインスタレーション作品は自分にとって本当に大切なものを再認識するきっかけを与えてくれるでしょう。
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儚くなんども寄せては返す波、そのダンボールや歌詞の波間に何を感じるかが鑑賞者に問われるのでしょう。
日常の中に存在するありふれた素材を眺めることにより、そこから発生される違和感や気づきからインスピレーションがひらめき作品へとつながっているそうです。
段ボールに刻まれた凹凸が作者のインスピレーションを搔き立てたようだ。
また、今回の展示はヨコスカアートセンターという空間を意識した作品とも聞く。展示スペースに合わせた空間づくりというのも興味深い。
それほどの規模もない空間だからこそ、凝縮された要素が訪れたものを包み込むように待ち受けていて、まさにアートを空間ごと味わうようになっている。
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作品はまだ制作途中であり、最終日に完成を迎えるそうだ。
それまでには、展示場の空間いっぱいにダンボールの波間が漂うとのこと。
そんな空間になれば、展示場内を歩くということは、まるで波間の中に漂う浮遊物になった気分だろう。
うっすらと聞こえてくる歌に耳を傾けながら、ゆらゆらとたゆたう波間に漂えば、大切な何かが波間の中から浮かんでくるのかもしれない。
そう考えると、訪れた時の状況はいわば波打ち際の浜辺を歩いていたといった印象か。日々変化する空間もまた、インスタレーションのアート作品と呼べるのだろう。そういう変化を味わうのもまた、作品鑑賞のポイントだ。
最終日には、いったいどのような空間がヨコスカアートセンターに現れるのだろうか。
崩されたダンボールというのは、一見ただのゴミにしか見えない。それこそ、用を果たせば捨てられる、刹那的に消費されるアイテムの象徴的存在でしかない。しかしながら、こうして紡ぎ合わせて波間の如く天井からぶら下げれば、そこには消費社会の日常から囁きかける問いかけなのかもしれない。刹那的に消費を繰り返してしまうさまは、まさに波打ち際に寄せては返す儚すぎる波紋のようだ。
○アーティストが持つ感性にからめとられれば、あらゆるものが芸術作品になる?
こういう作品を観ていると、つくづくアーティストというのは特異な才能を持った存在なのだと感心してしまう。
まずその発想力に驚きを隠せない。
常人ならば、大抵はダンボールを眺めたところでそこから作品に仕上げようという発想にはならないだろう。多くが「捨てるの面倒だな……」などという考えしか出てこないのではないだろうか。
そう、つまりは、段ボールなど荷物が送られてきて中身を取り出してしまった瞬間にはもはやゴミでしかないのだ。
そうした梱包材からゴミに変換した存在に対してさえ、アーティストの視線が加われば意味が付与されてしまう。
しかも、段ボールに残された凸凹から波を発想してしまうのだ。
その発想力・創造力こそがアーティストである根源とも言えないだろうか。そう、アーティストの頭の中はきっと常人の予想以上に恐ろしく広大な世界が広がっているに違いない。しかも、その世界は日々拡張されている。そして、広がっていくからこそ、そこにあくなき挑戦欲をもってして作品へ挑めるのだ。
その可能性は無限大。
アーティストの発想の根源には、物の見方を別角度から見たらどうなるかという好奇心と挑戦する意志の強さがあるのではないだろうか。その大胆な発想を見るたびに常にそう感じてならない。
既存の価値観や誰が見てもそうとしか思えない感覚自体を疑い崩そうとしている。まずその意識自体が常人からすれば奇異に感じられる。しかし、アーティストはその壁をやすやすと超えてくる。
大谷氏がやってのけたように、段ボールという梱包資材、工業製品を別の視点、価値観を持ち出して概念崩しをやってのけるのだ。
そして、時にはそこに社会に対する疑念や問いかけも刷り込ませてくる。
大谷氏は、作品に特別な主義主張は込めていないと説く。
社会的意義、コンセプトを込めない制作スタイルというのだ。
とはいえ、そこには作者自身の感性や感情が無意識的にも込められているだろう。
鑑賞者は、作品を通じてアーティスト側の内面に触れ、アーティストの感情や感性、そして創造性に触れているようなものである。
今回の段ボールが室内で揺らめくさまを見、静かに鳴り響く歌に耳を傾け、そこからアーティストの感情に触れようと試みると作品への理解が深まるに違いない。
鑑賞者は、それらの点をまずは理解するところから始めなければならない。
とにかく、頭の中の発想の仕方が常人とは別物なのだ。
また、無限に広がる宇宙空間のようにその想像力は広がり続けている。だからこそ、何気ない光景や日常ありふれた物品でさえも創作の根源になってしまう。
我々常人は、彼女たちの無限の発想力を体感することにより楽しむという意識を持たなければならない。
〇波間に揺らめき何を思えたか
さて、筆者自身が大谷氏の作品を鑑賞して何を思えたのか、だ。
作者自身である大谷氏は特に主義主張はないと言っていた。
ただ、鑑賞者がどのように受け取るかが現代アートのポイントでもある。作者の意図していないところで、無数の鑑賞者による勝手な思考が貼り付くことにより肥大化していくのが現代アートとも呼べないだろうか?
となると、ここで筆者の勝手な解釈を貼り付けるのもまたアート的行為であろう。
件の通り、段ボールという素材は荷物発送の際に使用される梱包材であり、使用後はほぼゴミに変換されてしまう物体だ。
それをあえて波と捉え、室内で無数にぶら下げることにより人工的な波間を形成した。これは、本来は消費された結果生じたゴミたち、つまりは波のごとく現れては打ち消される消費行動の儚さを象徴しているのではないだろうか。徐々に増えていく段ボールのすだれたちは、それだけ時間の経過とともに増えていく消費の結果であるとも解釈できる。積み重ねられた消費の波が観る者に静かにその脅威とともに押し寄せてきている様にも見える。
また、こうした廃棄物を想像の世界として再構築するさま、そのものを楽しむのも一つの醍醐味である。
指摘したとおりに、アーティストの感性を味わうのも鑑賞のポイント。この引いては押し寄せる波の様子こそが、アーティストのあふれ出る感性の波なのかもしれない。その創造性に、見ている間は波にたゆたうがごとく楽しんでいたかった。
現代アートは、単に「作品を観る」だけではなく、「そこにどんな意味があるのか?」と問い続けることが求められる世界だ。作品を生み出すアーティストたちは、素材を選び、形をつくり、空間を構成しながら、我々が普段意識しないものに意味を見出し、新たな視点を提示していく。
しかし、そのすべてを言葉で説明することはできない。むしろ、大切なのは「感じる力」と「問う力」を鍛え、作品と対話すること。なぜこの素材なのか? なぜこの形なのか? そして、なぜこの空間に存在しているのか? それを考えることで、現代アートはより深く我々の心に刻まれるのではないだろうか。
アートは、観る者に問いを投げかけ、世界の捉え方を揺さぶるものだ。問い続けることこそが、我々の感性を研ぎ澄まし、より豊かな鑑賞へとつながるのではないだろうか。
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