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子宮の詩が聴こえない2-③


(第1章から読む) (②を読む

■| 第2章 弥生の大祭
③「ニアミス」

現実研究出版社は、子宮の詩を詠む会の施設とイベント開催の裏を探るために特別取材チームを組んだ。

スピリチュアリストマガジンの衣笠美代子デスクの指名で、たびマガジン編集部からは黒田誠二、新井ワタル、津田亜友美が選ばれた。
数々のスクープを物にしてきた同社・週刊リアルの特命記者数人も別行動で取材することになっている。

O県への機内でぼんやりと窓の外を眺めている誠二。
隣の席のワタルが声をかけた。
「やっぱり心配ですよね。こんなことになるなんて」
聞き取れず曖昧に返事をした誠二だが、後輩の心配した様子を察し、
「なんとかなるよ」
曖昧に応えた。

ワタルは通路を挟んだ席に座る亜友美にも話しかける。
「しかし大変だよね、アルバイトなのに」
亜友美はにこやかだ。
「いや、それが実はこの取材が成功したら正社員にしてもらえるって」
「ええ! そんな交換条件っていいの?」
「本当かどうか分からないけど。こういう取材初めてだから嬉しくて」

亜友美の起用も衣笠デスクの発案だった。
女性ばかりの信者の中に男性記者2人で乗り込むのは不自然。スピリチュアルに詳しく、事情が分かっている若い女性を送り込みたかったようだ。
まさみがイベントに潜入できなかった場合の代替案としても考えられていた。

「津田さんだけは危ない目には遭わせられない…」
誠二がそう言うと、
「お、おれは危なくてもいいんですね!」とワタルが冗談めかした。
3人で笑いはしたが、リスクは承知の上での渡航だった。


2日前—。
会議室に選抜チームと会社関係者が集められた。
取材の趣旨について説明する衣笠デスクの声が熱を帯びる。

「わが社の歴史に残る大きな取材案件になります。うまくいけば、今年の日本報道大賞へのエントリーを考えています」

あらゆる保険や労災についても詳しく提示、トラブルに遭った場合はすぐに撤退するよう取材団に告げた。

華襟島での子宮の詩を詠む会の活動内容や、何を目的として動いているかを探る。
ミジンコブログ社の関わり、その企み(たくらみ)についての調査。
番長あきなどの主要人物を裏で操っている人物や組織と接触を試みる。

週刊リアルの記者は島には渡らず、都内で取材を続ける方針だ。
たびマガジンの3人には、実態が分かるような潜入ルポタージュを書くという使命が課せられた。

「……黒田君の奥様も、早く目を覚ますといいわね」
会議の最後にそう言った衣笠の表情から、それが本心かどうかは判断できなかった。

当初は妻を心配してくれていたはずなのに、この案件の危険性を強調するために、より深い洗脳に期待しているように感じる。
疑心暗鬼になりそうな誠二は、とにかくO県の実家にいる妻に再会し、もう一度話し合う必要があると思っていた。


O県空港には、巨大な電光掲示板が掲げられている。

「美しき、女神伝説の島。華襟」
利用客の頭上で、華襟島の全景や各観光地の映像がパノラマに広がっていた。

亜友美が「綺麗なところですねえ」と感嘆。
空港に到着した3人はそれに目をとられ、奇妙な一団とすれ違っていたことに気が付かなかった。

「おうおうおう、スーパースターは大変やで! ちゃんと並んでや!」

同じ到着ロビーで、鳩矢銀太郎がファン数名に囲まれていた。
ほとんどが40~50代ぐらいの女性だ。
書籍へのサインや握手を求められている。

「ぎんさん! これから子宮宮殿に行かれるんですか!?」
ファンの一人からの質問に、鳩矢はニヤリと笑って言った。
「せや。いよいよ番長あきちゃんたちの快進撃が始まるんや。ワクワクするよな」

キャー!という歓声と拍手が起こる。
「おじさんとおばさん達がなぜ騒いでいるのか」と、他の空港利用客から、いぶかし気な視線を向けられている。
鳩矢の一般的な知名度などその程度だ。

「スピリチュアル演歌」で名を馳せたこの男と、子宮の詩を詠む会の繋がりは深い。
番長あき、ラッキー祝い子とは何度もコラボ企画を繰り出し、ミジンコブログ社の全面バックアップで共著も出版している。

ファン層もほぼ同じで、子宮の詩を詠む会イベントでのゲストは毎回ほぼ鳩矢だ。
今回の弥生祭にも当然のように出演する。

ファンに追いかけられたまま空港の外へ出ると、プロデューサーの若田ショウがレンタカーをつけて待っていた。
「ぎんさん、お待ちしておりました」
「おーう、若田くん! お出迎えおおきにな!」
軽く手を挙げ、「ほなね!」とファンを制すると、後部席にどっかりと腰かけて足を組む。

すると、鳩矢の手招きで、大きめのボストンバッグを抱えた若い女性がスルスルとファンの間を通り抜け、そのまま車に乗り込んだ。

「あれ、ぎんさんの奥さん?」
「さあ……若いわね」
ファンの不思議そうな声を尻目にして車は出発する。


「お疲れ様です。このまま華襟島まで直行しますが」
若田がそう話しかけると、鳩矢は先ほどまでのにこやかな表情から一変して不機嫌そうに返した。

「あー…。しんどいわ。クソババアどもの相手も」
鳩矢の隣に座った女性は膝にバッグを抱えたまま、静かにスマホをいじっている。

運転しながら、バックミラーでその様子を気にして若田が言う。
「あの、そちらの女性はファンのかたで……」
鳩矢はミラー越しにジロリと一度にらんだ。
そしてすぐにそれが冗談であると示すよう大げさな笑顔で言った。
「荷物管理担当や。わいはスーパースターやさかい、モテますわ! こればっかりは仕方あれへんねん」

鳩矢はバツ2で、現在は年下の妻と二人で暮らしているが、地方公演やセミナーなどに特別に同行させる「ファンの女性」はいつも違う。
愛想笑いを返した若田は、この尊大なスピリチュアル演歌歌手の女癖の悪さをよく知っていたから深くは聞かない。

若い女はペコリと頭を下げて挨拶をした。
「竹中なつみです。はじめまして」
ぎらぎらと輝く目が特徴的だが、声は小さく控えめだ。

「なっちゅうはSNSを頑張っとってなあ。インフルエンサーを目指してんねん。弥生祭にもちょい役でええから出して欲しいんや。若田くん、なんとか有名にしてやってくれへんか」
ファンの前での明るい声とは打って変わって、低い声で脅すような口調だ。

愛想笑いを返すのも疲れるが、若田はこれも仕事だと割り切っている。
「ミジンコブログ社としては有り難い限りです。インフルエンサーなんて簡単に作れますから」
そう言いながら、以前からプロデュースをしているまさみのことを思い浮かべた。
なっちゅうと呼ばれた女性は、まさみに比べるとお世辞にも容姿がいいとは言えない。

パラパラと華襟島のパンフレットをめくりながら、鳩矢は吐き捨てる。
「けっ、めんどくさ。わざわざ田舎の島なんかに行かんでも。でも、わいも番長あきちゃん達を味方にしとかんとブログアクセスも上がらへんし、歌が売れへんようなるから仕方ないんやが」

隣のなっちゅうが「うふふふ」と笑うと、
「なあ? アホなスピババアどもを引き付けるのも疲れるんやでえ?」
そう言って優しく肩に手をかけて引き寄せた。

若田はそれを無視したようにカーナビを操作しながら尋ねる。
「島に行く前にどこかで買い物しますか?」
鳩矢は身を乗り出して大声を出した。
「おう! コスモフロントコーヒーに寄ってくれや。エスプレッソが欲しいねん」

全国展開している世界的コーヒーチェーンだが、O県内にコスモフロントの店舗は無い。
「ナビに入れてみましたが、近くに無いみたいですね…」
「げ、コスフロすら無いんかい! 喉が腐るわ! クソ田舎! アホ!ボケ!カス!」

不機嫌になる鳩矢をなだめつつ、車は島へ向かうフェリー乗り場へと進んだ。


― ④に続く ―

(この物語はフィクションです。実在する人物、団体、出来事、宗教やその教義などとは一切関係がありません)

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