6.多磨霊園ホリファイド
俺さ、その日すげぇ酔ってて。酒飲んで仲間と馬鹿騒ぎしちゃったんだけど。次の日もバイトあったしさ、さすがに朝まではキツいな、ってんで先に帰ったの。
んで駅からバスに乗ったのね。乗客は、そうだなぁ。俺含めて十人くらいだったかな?まぁ終電とかその辺のアレだったし、時間も時間だからそれなりに空いてはいたな。うん。
で、寝過ごしたらマズいってんで運転手さんの声がよく聞こえるようにさ、ほら、あるじゃん。運転席のすぐ後ろの一段高くなってる席。あそこに座ったわけよ。
しばらくしてバスが発車したんだけど、車内はいい感じに涼しいしさ、揺れもなんか心地よくて案の定というかなんというか、ウトウトしちゃってたんだよね。
そしたらさ。後ろの席の方でさ、ペチャクチャ喋ってる乗客がいるのよ。いや、いちいち見ないよ。いちいち見てないけど、多分おばちゃんかな?んで返事を返す人もいないから、電話してんだと思うんだけど。もうさ、うるせぇの。マジで。ずーっと喋ってんの。同じこと何度も何度もさ。
「うっせぇな……」って思ったけど、まぁいいやってスルーしてたのね。
えっ?いやいや、文句なんか言うわけねぇじゃん。俺もどうせそんなに長くは乗らないし、とにかく眠たかったし。それに運が良ければそのおばちゃんもすぐ降りるでしょ。つって。
で、まぁ一つ目のバス停に着きました、と。
何人か降りていったんだけど、またバスが走り出すと後ろで喋り出すのよ。二つ目のバス停でも何人か降りていく。また喋り出す。三つ目でもそんな感じで。
いや、別にいいんだけど。気になっちゃって。あとやっぱ、さすがにうるさくてイライラしてくるじゃん。半分寝てるけど半分起きてるみたいな状態でずっと「早く降りねぇかな」なんて思ってたのね。
で、とうとう俺が降りるバス停が近づいてきて。結局最後までそのおばちゃんも降りてなくて、後ろの方で喋り続けてんだけどさ。
バスが停まって席から立って降りるときに、さすがに「お前うるせぇぞ」って感じでさ、睨むくらいはしてやろうと思ったのよ。どんな奴がそんなことしてんのかもちょっと気になったし。
それで、さぁお金を払って降りますよってときに、車内に振り返ってキッと睨んでやったんだけどさ。
誰もいなかったんだよね。
そのバス、俺しか乗ってなかったのよ。
他の乗客の人たち、途中で全員降りてたみたいで。
「あれ?」ってなったんだけどさ。
「おばけ?」って。「心霊体験ってやつ?」って。
でもまぁ、俺もウトウトしてたし。もしかしたら夢だったのかな、なんて。「っかしいなぁ」なんて思いながらバスを降りた瞬間、俺の耳元でハッキリと
「お前に言ってんだよ」
って、聞こえて。
ビックリして振り返ったんだけど、バスの扉はちょうど閉まるところでさ。当然後ろにも誰かいるわけじゃないし。俺そういうの基本的には信じてないんだけどさ、ちょっとさすがに怖くなっちゃって、走って家まで帰ったんだけどね。
いやぁ、怖かったな。あれ。なんだったんだろう、なんで俺なの?ってそのときは思ったんだけど。
実はその日さ、仲間と酒飲んでたって言ったじゃん?そいつらと家飲みしてたんだけど、途中で「心霊スポット行こうぜ」って話になってさ。
多磨霊園が近かったから、そこまでみんなで歩いて行って、心霊スポット巡り?みたいな?なんかそういうのやってさ。けっこう霊園内で騒いじゃったのよ。「こえー!!」つって。
いや、勿論俺が悪いんだよ。俺が悪いんだけどさ、とにかく、そういう、なんかがね、ついてきちゃったのかな?って俺は思ったんだよねぇ。
……って話。
*
「……いや、普通に怖いんすけど」
先輩が運転する車の助手席で、僕は思わず先輩を睨んだ。なんでこんな夜中にそんな怖い話をするのか理解に苦しむ。
僕が当時働いていたバイト先に年中暇そうにしているフリーターの先輩がいて、年齢も二つしか変わらなかったので割と憎まれ口を叩きながらも仲良くさせてもらっていた。
よく夜中に突然電話してきて「車出すからドライブ行かね?」とか「腹へらない?ファミレス行こうぜ」と誘ってくることがあり、その日もそんな感じで誘い出され、ホイホイついてきたらこの有り様である。くそ、家に居りゃよかった。
「怖いっしょ?俺もビビったよ、さすがに」
ヘラヘラ笑いながら悪びれもなく返す先輩に軽めの殺意を抱きながらも、今しがた聞いた話を思い返す。
「でも、なんなんすかね?お前に言ってんだよ、って」
黙ってるのも怖いのでなんでもいいから適当に合いの手を入れただけだったのだが、先輩は「よくぞ聞いてくれた」と言わんばかりに得意気になって身を乗り出す。
「いや、それでね。俺も不思議だったんだけどさ。バスの中でその人がずっと同じことを繰り返し喋ってた内容を思い出してさ。なるほど、ってなったんだよね」
そこまで話してタバコを咥えて火をつける。
なんてわざとらしい。この芝居がかった感じにイラッとしつつも、いよいよこの話の最後のオチが投下されることを察して僕は構える。
タバコの煙を吐き出し、ニヤニヤしながら先輩が言った。
「いろいろ喋ってたけどさ、まぁ要約すると『みんな怒ってるから早く謝りに行きなさい』だってさ」
絶句、である。二度目の鳥肌だ。この野郎、なんて話をするんだ。マジで家でアニメ観てりゃよかった。
腕をさすりながら無言で絶望する僕を見て「わはは」と能天気に笑いながら先輩がハンドルを切る。見たこともない真夜中の交差点を左折しながら車は進んだ。
ふと、この話が始まってしばらくしてから覚え始めていた違和感が脳裏をよぎる。違和感というか、嫌な予感というか。
「……あの、先輩。ちなみになんですけど」
先を促すようにチラリとこちらを見る先輩の顔が、若干ニヤけているように見えなくもないのは、咥えタバコの煙が目にしみるからだろうか。そうじゃなかったらこいつは正真正銘のクソ野郎だ。僕は続けた。
「この車、どこに向かってるんすか……?」
恐る恐る問い掛ける僕に、今度はハッキリとニヤつきながら先輩は
「謝罪だよ、謝罪」
と言ってアクセルを踏んだ。
自分よりも歳が上の人に「ふざけんなコラ」なんて口をきいたのは、それが最初で最後だったかもしれない。