8.中河原エンプティ―
ひとりぼっちで決断したお前へ。
こんなの、人前で何度も話すことじゃないし。
迷ったんだけど。でも、やっぱ避けて通れないと思ったから。初めてお前に手紙なんか書いてみようと思う。まぁ、適当に読み流してくれ。
お前が逝ってしまったと聞いてから五年が経ったよ。
あれ?六年かな?あ、ちょっとわかんないな。
いまいちその辺の記憶が定かじゃないんだよね。僕がその事実を知ったのはすべてが終わった後だったし。
上京してすぐ、一緒にバンドを結成してずっと同じステージで肩を並べて戦ってきたけど、まぁ、なんだな。僕はお前のことを何もわかっちゃいなかったんだろうな。わかってるつもりだったんだけど。
ずっと隣でお前のギターの音を聴いてきたから、未だに空間系のエフェクターがバリバリ効いたギターの音を聴くとお前のことを思い出して
「あいつ元気かな」
って一瞬だけ思って、その直後に「あぁ、もういないんだった」と思い直して、何とも言えない気持ちになるよ。
こう見えて実はね、ずっと後悔しているんだよ。
もしも俺がお前をバンドなんかに誘わなければ。
もしも俺が挫折しなかったら。
もしも俺がもっと強かったら。
もしも俺が諦めずにまた立ち上がっていたら。
もしも俺にもっと才能があったら。
もしも俺にもっと余裕があれば。
もしも俺がお前とまめに連絡を取り合っていたら。
もしも俺がお前を元気づけてやることができていたら。
また違った未来があったんだろうか。
「もしも」ばかり考えてしまうよ。
お前のことを思い出すといつもそればかり考える。意味なんかないのにね。
でもやっぱ未練がましいかもしれないけど、なんというかさ。今でもふっと記憶が甦るんだよ。
ストリートファイター4が激強で一回たりとも勝ちを譲ってくれなかったお前を思い出すたびに。
「エアコンの効いた部屋で寝たい」というそれだけの理由で終電で押し掛けた僕に一瞬だけ迷惑そうな表情を浮かべたのに、お土産のチョコパイを見た瞬間に満面の笑みで招き入れ、快く泊めてくれたことを思い出すたびに。
何がどうなったらそうなるのか未だに謎だが、ライブの後に打ち上げ会場で自動ドアに顔を挟まれたお前を思い出すたびに。
お腹がぽっこりと出ていた所為で“ラ・フランス”と呼ばれて笑っていたお前を思い出すたびに。
リハーサルスタジオで座っていた椅子が揺れるほどの放屁をした所為で、しばらくの間“アースクエイク”という異名を持たされたお前を思い出すたびに。
初めて降りる駅なのにあまりにも威風堂々と先陣をきってズンズン歩いていくもんだから、てっきり道を知ってるのかと思って10分ほど着いていったのに、よくよく話を聞いてみたらそもそも目的地すら把握していなかったお前を思い出すたびに。
「お酒飲むとエッチな気分になるよね」と言っていたことをライブMCで僕にバラされてステージ上で崩れ落ちそうになったお前を思い出すたびに。
虫が大の苦手だったのに首筋にてんとう虫か何かが飛んできて、そこそこ混んでる電車内で突然ブレイクダンスを始めた(僕にはそう見えた)お前を思い出すたびに。
駅の切符販売機で誰かが取り忘れたお釣りを見て
「ラッキー!!」
と言ったあさましい僕に
「ダメだよ。駅員さんに届けようよ」
と制したお前を思い出すたびに。
「もうダメだ」と何度も挫けそうになった俺を「大丈夫だよ、ユウタは天才だから」と言って何度も立ち上がらせてくれたことを思い出すたびに。
少しだけ、泣いてるみたいに儚く笑うお前を思い出すたびに。
思い出すたびに、未だに涙が出てくる。
もう何年も経ってるのに。
もういい大人なのに未だに涙が出てくるのよ、これが。クソかっこわるいんだけどね。あぁ、ちくしょう。でもしゃーない。
なんかね。
からっぽなんだよ。
あれからずっと。
各駅停車しか停まらない。
何があるワケでもない。
お前がもういない。
僕にとって京王線の中河原駅はそんな駅になった。
お前の部屋から見えるあの公園も、途中にあるレンタルDVD屋も、一緒に行った居酒屋も。
全部からっぽだ。
ただ俯いて通り過ぎるだけの、とても空虚な駅だ。
ずっと馬鹿みたいなことばかり付き合わせた。二人してゲラゲラと笑い転げたことだって一度や二度じゃない。
そっちに俺みたいな奴はいないだろ。
さぞかし退屈だろ。
帰ってこいよ。
また笑わせてやるから。
俺にはそれしかできないけど、俺にはそれができるから。
帰ってこいよ。
みんなも会いたがってるよ。
「何かしてやれたんじゃないか」って。
みんなも、悔しがってるよ。
帰ってこいよ。
何やってんだよ。
この大馬鹿野郎。