直角三角形、角からいくか?辺からいくか?
突然ですが、僕には悩みがあります。
とても深刻で、とても根が深く、とても入り組んだ複雑な悩みです。
どうせ誰かに打ち明けたところで理解されるはずもありませんし、真の意味での解決などできないこともわかっています。
だからこそ密かにずっと抱えてきました。ずっと心を閉ざして生きて参りました。
しかし、ふと思ったのです。
「どうせ理解されないから」と言って一人で悩んでいても、それこそ何も解決しないのではないか。本当に苦しいのであれば誰かに助けを求めるべきではないのか。
インターネットの世界はとても広く、そして奥深い。もしかしたら、諦めかけていたこの長年の悩みも解消されるような知識が得られるかもしれない。
ずっと一人で隠し続けてきた悩みであるが故に、この場で公開するのはかなりの勇気が必要ですが、意を決して筆を執った次第でございます。
実は、僕。
サンドイッチを食べていたら。
何故か矢印になる瞬間があります。
この瞬間が何故か死ぬほど恥ずかしいのです。
理由はわかりません。理由はわかりませんが、なんか恥ずかしいのです。
仕事柄、移動時間中に食事を済ませることも多々あります。どうしても時間がないときなんかは、コンビニでサンドイッチを買って歩きながら食べる時もあります。そういった局面においても、お構いなしにこの矢印は突如として現れます。
そんなとき、周りの人が一斉にこちらを見て笑っているような気すらします。
「おじさんのくせにサンドイッチで矢印を作って悦に入ってんの草」
などと嘲笑されているような気がしてならないのです。いや、されているのです。されているに違いない。世界中のみんなが僕を指さして笑っているのです。別に悦に入ってなどいないのに。とても耐えきれるものではありません。
僕はそのたびに、道行く人々に追い縋りながら
「違うんです!違うんです!気づいたらこうなるのです!食べ物で游んでいるワケじゃないのです!」
と弁明し、最終的には食べかけのサンドイッチを抱えて号泣の末、その場に座り込んで天を仰ぎ
「助けてください、助けてください!!」
と世界の中心で助けを求めてしまいそうになります。
僕の精神は限界を迎えつつあります。こうなってくると本当にいつ取り乱してしまうかわかりません。これまではなんとか耐えてこれましたが、今後も同じように乗り越えられるとも限りません。
先述した通り、あまりに難しい問題の為、僕はこれまで誰にもこの悩みを相談したことがありませんでした。
まるで『別にサンドイッチを食べてても矢印なんかになりませんよ』みたいな顔をして表を歩き、日々を過ごしてきました。お仕事で名刺を交換する際にも、妻の実家で夕飯をご馳走になるときも、小学二年生になる娘と一緒に公園で遊ぶときも。サンドイッチが矢印になる素振りなど一切見せずにここまでやってきました。しかし裏ではサンドイッチを食べるたびに矢印になっていたのです。罪深い行為だと自分でも思います。僕は関わる人間すべてを騙して暮らしてきました。もういい加減、大切な人たちをこれ以上欺くのは嫌なのです。
今こそ、サンドイッチと向き合うときです。
何事も最初が肝心だと言いますが、もしかしたら初手の段階で僕は間違っているのかもしれません。安定感を求めるあまり、面積が一番大きいここの部分をついつい持ってしまいがちですが、こうなるとどうしたって食べ始めるところは決まってきます。持っている部分の反対側の角から食べ始め、そして次の一手は今しがた齧って凹んだ部分ではなく、なんとなく他の角の部分を狙ってしまいます。どうしてもそうなってしまうものです。心理学的なアレでもあるのでしょうか。わかりませんが。
結果、矢印状態は免れないワケです。こんなに思案しながらサンドイッチを食べる日が来るとは夢にも思いませんでした。しかし、なんとなく答えは見えてきたような気もします。
結局どの角から食べ始めても矢印の形が歪になるかそうでないかの違いしかありません。それでは考え方を変えてみましょう。逆転の発想というやつです。
「角」からではなく「辺」から食べてみてはどうでしょうか。試してみる価値は十二分にあると思います。やってみましょう。
漢字の『山』の成り立ちを見ているようです。もしかしたら『山』という漢字は本当にこれが元になったのかもしれません。山崎製パンだったのでしょうね、きっと。
もしくは、海の神ポセイドンが持っている三叉の槍みたいヤツも連想してしまいます。あれで突かれると実に痛そうです。
なんだか、ただでさえワケのわからない話をしているのに余計に袋小路に迷い込んできたような気がしてきました。
閑話休題。
どちらにしても、こう、なんというか、見ていると気持ちが不安定になる形です。逆黄金比とでも言いますか。名付けるなら、そうですね、ねりけし?とか?ねりけし比とでも呼んだらいいのでしょうか。なんだか落ち着かない、非常に座りの悪い形状です。これなら矢印の方がいくらかマシのように思えます。
あと、齧った断面から少し見えるキュウリの残骸が非常に不快です。お見苦しいものを載せてしまい大変申し訳ございませんでした。さすがに心苦しいのでモザイク処理を施しておきました。
あっ、なんか……。
モザイクをかけると、なんか……。
いえ、なんでもないです。大変失礼しました。さっさと次にいきましょう。これ以上ここに留まっていても何も良いことなどありません。
この他にも何パターンか試してみましたが、結局どちらにしても恥ずかしい食べかけの形になるだけでした。上記の、辺からいったパターンとほぼ大差はありません。どうしましょうか。困りました。
僕としてもハッキリ言ってこれ以上のパターンは思いつきませんし、なんだかお腹もいっぱいです。手持ちのサンドイッチも尽きかけてきました。
近所のコンビニまで行き、追加で買ってきてもいいのですが、あまりそれをやると店員さんに「サンドウィッチマン」などと安易なあだ名をつけられそうです。ちょっと何言ってるかわからないです。
ここまでか……。
夢半ばにして僕は心が折れかけてしまいました。
「そもそも矢印みたいな形になることの何が悪いんだ」
という逆ギレ全開で、元も子もない考えまで脳裏をよぎるようになってきました。それを言っては全てが終わってしまいます。
完全に手詰まりといった状況になってきましたので「Googleで検索」という最終手段に打って出ようと思いましたが、やはりと言うかなんと言うか「矢印になってしまって恥ずかしい」などと思っている人は極めて少数派なようです。まったく相手にされていません。
絶望しました。希望を見出そうとしてここまで調査したり、いろいろ試してきたのに。所詮、僕のようなサンドイッチマイノリティはどうあがいても矢印の呪縛から逃れらることなど許されないのです。世界から見放されたような、そんな気分です。何やってんだGoogleさんよォ、もっと気合入れて調べろってんだこの野郎。そう毒づきながら自暴自棄になりかけたその瞬間。サジェスト機能に一つの文字列が浮かび上がりました。
「サンドイッチ 食べ方 マナー」
えっ、そうなの?
これが正しい食べ方なの?じゃあ、僕は生まれてこの方ずっと間違った食べ方をしていたということなの?
もしかして、正しく食べれば矢印の呪いから逃れられるのでは?書いてありますもの。“美しいまま召し上がっていただけます”って。そう言われてみればモデルの女性も美しいです。
つまり、こうではなく。
こうするのが正しいのですね。
目から鱗とはまさにこのことです。
さっそく試してみようと思います。正しい食べ方で食べてみましょう。さて、結果は如何に。
すごい。矢印になりませんでした。
さすがGoogleさん。さっきは毒づいてしまってごめんなさい。この野郎とか言ってすみませんでした。おかげさまで今日から僕もサンドイッチを食べている最中に恥ずかしい気持ちにならずに済みそうです。だってこんなにも美しく食べられるようになったのだから。これで今夜からはぐっすり眠れそうです。
しかし不思議なものです。もう会えないかもしれないなんて思うと、あんなに散々悩まされた矢印が少しだけ恋しくもなるのです。
あいつだって悪い所ばかりじゃありません。良い所だってたくさん見てきました。でもお別れです。少し寂しいけれど、僕は前に進みます。矢印だけに。つって。
今まで本当にありがとう。
最後になるけど、これだけは言わせてください。
サンドイッチはしばらく食べたくないです。
そもそも、ごはん派なので。僕。