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伊達にあの世は見てねぇぜ【完全版】

世の中には科学では説明できない事象がたくさんある。
バイト先の厨房で普段そんなに注文を受けないからと言って仕込みをサボったメニューが今日に限って殺到するあの現象や、大切な用事のLINEに限ってやたらと通知がバグって気づけないあの現象、確実にセットしたはずのスマホのアラームが朝鳴らずに寝坊してしまうあの現象などはまさにそれだ。スマホのアラームに関しては、嫁は「ちゃんと鳴っていた」と言っているが、鳴ってたんだったら起こしてよという話ではある。今その話は関係ないからもういいけど。
そういった日常のあるあるも勿論そうなのだが、非日常的な“科学では説明できない事象”というものも何度か体験したことがある。小学生のときにオバケの足音を聞いたりだとか、中学生のときにサッカー部の仲間と部活中に思いっきりUFOを見た話もいつかしたいところではあるが、それらの話は一旦置いといて。今回は高校生のときに友人の指導のもと、霊丸を撃った話をしたい。



高校一年生の頃の話だ。

溜まり場になっていた僕の部屋にはいつものメンバーが居た。
別に一人一人紹介する必要もないのだが、おそらく今後もこのメンバーは僕の回想に頻繁に登場するので、ここで一度紹介しておく。

“勉強ができる馬鹿”木村。
(過去作『ハートに火をつけろ!』『走れエロス』参照)
“ドМクールガイ”小田。
(過去作『もしも君が泣くならば』『遺書』参照)
そして、今回の主役である“霊界探偵”山下だ。

その日も僕たちは四人揃って何をするでもなく、同じ空間でなんの生産性もない時間を過ごしていると、山下が突然頭を抱えだした。

「あぁ……どうしようかな……。言おうかな……。でもなぁ……」

そう呟きながら一人で苦悩しているようだった。
誰からともなく「どうした?」と問い掛けると、山下は
「いや、実は……あぁでもなぁ。どうせ信じてもらえないだろうし……」
と、抱えている悩みを打ち明けるかどうかしばらく迷っていたが、意を決したのだろう。いつになく真剣な面持ちで語り始めた。

「今から話すことは普通だったら信じてもらえないどころか、頭のおかしい奴だと思われかねないので他の誰にも話したことはない。でもお前らは信頼のおける俺の友達だから勇気を出して打ち明けようと思う。どうか笑わないで真剣に聞いてほしい」

口下手な山下がなんとか言葉を紡いで僕たちにそう伝える。
僕たちもただ事ではない様子に思わず姿勢を正してしまう。
張り詰める空気の中で、一呼吸を置いて山下が自身の秘密を打ち明けた。


「今まで黙ってたけど、俺、実は霊丸が撃てるんだ」


【霊丸(れいがん)】
週刊少年ジャンプにて連載されていた大人気漫画『幽☆遊☆白書』の主人公である浦飯幽助の必殺技。指先に霊気を集中し、心を引き金にして放つ弾丸。ドラゴンボールでいうところのかめはめ波みたいなやつ。


少しの間をおいて、その件には一切触れずに「さて」と一言だけ残して木村が中断していたプレイステーションの鉄拳2を再びプレイし始めた。

「いやいや。最後まで聞いて、最後まで聞いて」

山下がまだ何か話したそうだ。僕と小田も「まぁまぁ、聞くだけ聞いてやろうよ」と木村に鉄拳2をやめさせて話を促す。
何故そう思うに至ったのか、を山下が語り始めた。

小学生の頃の話らしい。年の離れた兄と一緒にお風呂に入っていたら、たまたま当時大流行していた幽遊白書の話になり、なんとなくその場のノリで山下が兄に向って「霊丸!」と指先を向けたら、兄が「うわぁ!」と仰け反った。ここまではよくある微笑ましい光景だ。しかし、お風呂場というロケーションが災いしてか、仰け反った際に足を滑らせ派手に転んだ兄が脳震盪を起こして意識を失った為、そこそこの騒ぎになったらしい。騒ぎを聞きつけ飛んできた両親が「大丈夫か!何があったんだ!」と騒ぐのを眺めながら
「自分には恐ろしい能力がある」
と山下は確信した。
それからは葛藤の連続だったらしい。その能力で兄を傷つけてしまった事。誰かを傷つけてしまうかもしれない事。恐ろしい能力の所為で大事な友人を失ってしまうかもしれない事。その事実に苦しめば苦しめば苦しむほどに十字架はどんどん重くなっていった。そしてその一件以来、人に向かって霊丸を放つことはおろか、そのような能力がある事すらも黙ってきた、との事だった。

すべてを聞いて言葉を失っていた我々だったが、小田が

「……お兄ちゃん、やさしいね」

と言葉をかけ、僕と木村は思わず吹き出しそうになったが、山下は
「は?どういう事?」
とちょっとキレ気味で返していた。友を信じ、ここまで真剣に話したのに茶化され、信じてもらえなかったと思ったのだろう。小田が「ごめん」と謝った。おそらく彼の人生で一番無駄に謝罪した瞬間である。

ふいに木村が「それって僕らでも撃てるんですか?」と何故か敬語で質問すると「鍛錬が必要だけど撃てる」と山下は豪語した。何を根拠に言っているのだろう、と。お前誰やねん、と一瞬だけ思ったが、我々でもあの憧れの霊丸を撃てるとなれば試さない手はない。

こうして。僕たちは霊丸を撃つべく鍛錬を積むことになった。
まず最初に、この修行をするにあたって幾つか簡単なルールを決める。

一つ目は
【山下の事は師範と呼び、変に茶化したりしない】
彼は至って真剣である。
先ほどの小田とのやり取りを見る限り、下手にふざけたり、悪ノリするような行為があると多分だけどマジで怒って帰る。そうなると今後の関係性も気まずくなる。僕と木村と小田は言葉にはせずとも察した。「師範」って呼ぶのは完全に悪ノリ全開だけど。

二つ目。
【この事は他言しない】
僕たちにこんな能力があるなんて知られたら今後何があるかわからない。悪い大人にこの能力を悪用される恐れもあるし、何か強大な悪の組織を敵に回す可能性もある。親兄弟、他の友人も巻き込むことになるだろう。そうなったら今までずっと重い十字架を背負って黙ってきた山下、じゃなくて師範の想いがすべて無駄になってしまう。
それにこんなこと他所で話したら僕たちまで頭がおかしいと思われちゃう。
それは嫌だ。

そして、最後の三つ目。
これは山下から特にしつこく言われたのだが
【人に向けて撃たない】
やばい。すみません。書きながら笑っちゃった。
撃たない撃たない。オッケーオッケー。
肝に銘じておこう。

こうして、師範の教えの下、我々の霊光波動拳の修行は始まった。
最初は呼吸を整え、目を閉じて体を流れる気の流れをイメージする。
なるほど。なんとなくイメージできる。なんかテレビでやってたのをそのまま受け売りで教えられているような気もしないでもないが、感覚はなんとなく掴めた。優しくも力強いオーラのような何かが自分の体から湧き出て、そして自分の体を巡り包んでいる。ような気がする。
薄目を開けて他の二人の門下生の顔を確認する。木村も小田も僕が感じたオーラを実感しているのか、ちょっと真剣な顔だ。師範は続ける。

「イメージ出来たらその体を纏う“気”を人差し指の先端に集中しろ。すると指先が、なんか、なんとなく、あったかくなるような、なんか、そんな感じになる」


小田が笑った。


気分を害して帰ろうとする師範を木村が必死で宥め、僕は小田を引っ叩いた。
もうちょっとだ。もうちょっとで、あの霊丸が撃てるのに。こんなしょーもないことでここまでの時間を無駄にしてたまるか。
小田は笑いが止まらない為、残念だけどここで捨て置く事にする。
厳しい修行である。このように着いてこられなくなる人間が出てくるのも承知の上だ。落伍者め。僕はお前とは違う。

なんとか機嫌を直した師範の教えに従い、引き続き僕と木村は精神統一に入る。一度霧散してしまったオーラのイメージはまたすぐに掴めた。師範曰く僕と木村は筋が良いらしい。(小田は笑ったからクソらしい)

右手人差し指の先端に“気”を集中させるイメージをする。
思い込みというものは凄まじく、なんだか本当に少し温かくなってきたような気がした。なんというか「これマジで撃てるんじゃない?」という気持ちになりつつあった僕と木村だが、肝心の放出するイメージがいまいち掴めない。師範が言うには「そこが一番難しい」との事だった。

残念ながら今の時点では僕と木村は指先に“気”を集める段階までしかできないらしい。もう少しなのになぁ、と二人で呟いていると、ある考えが浮かんだ。例えば、僕が集めた“気”と木村が集めた“気”を合わせてみたらどうなるのだろう。もしかしたら指先に留まりきらなくなった量の“気”によって、放出のイメージが掴みやすくのあるのではないか。そのことを木村に話したらさっそく試してみようということになった。
また最初から精神統一をし、指先に気を集めた僕たちはおもむろに指先を合わせようとお互いに近づいた。

その瞬間。
「おい!!やめろ!!」と叫びながら師範が僕と木村を突き飛ばした。
訳も分からず、ぽかんとしながら師範を見つめると

「暴発したらどうする」

と真剣な眼差しで叱られた。


僕と木村もとうとう笑った。我慢してたけどダメだった。

結果、笑い転げる僕たち三人を残して師範は怒って帰り、その日のうちに僕のガラケーの電話帳にある『山下』が『霊界探偵 山下』に変更された。
あと、霊感探偵 山下は二日後には何事もなかったように僕の部屋に普通にいた。



何かを心から信じることはけして悪いことではない。
それが誰かに迷惑をかけなければ、そして自分を強くするのであれば尚更である。

あの指先の温かさ。
真剣に馬鹿なことを試みる尊さ。
そして、あの狭く散らかった汚い部屋が、何事にも代え難いほどにキラキラした日々の象徴であるということ。

大人になった今でも、それをたまに思い出しては勇気とパワーが湧いてくるのは、めちゃめちゃ厳しい師範がふいに見せた優しさの所為だったりするんだろうね。


ありがとうござい


ます。



御後が宜しい様で。






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逆佐亭 裕らく
お金は好きです。