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【あなたを抱き寄せて、もう一度】 #リライト金曜トワイライト

人生の最後に誰を想い出すだろう。

僕の手を離れた、あの紙ヒコーキは、終わっていく時間と近づいてくる未来の中で、まだ漂っているのだろうか。想い出そうとしても、放物線を描いて飛ぶ紙ヒコーキの軌道から記憶は逸れてしまう。その追憶の先にあるのは、沈む夕陽に向かって佇む、あのヒトの小さく、柔らかく、悲しく、寂しげな後ろ姿だけだ。手を伸ばさなきゃ、と。いや、本当にそうするべきなのか、と。そう、逡巡しているうちに、もう何年も経ってしまっていた。

もう何年も経っているのに。
まだ、僕の記憶はあのときの自分と同じ場所で立ち尽くしている。


恋は難儀だ。



振り返ればあの頃の僕は本当に無力な会社員だった。そんな僕が彼女の為に出来る事なんて、高い背で遠くからでも目印になることと、そばにいて手を握り頷くことくらいしかなかった。

毎日毎日、仕事と時間に追われて、それでも進むしかない僕たちは、身を寄せ合い、肌を重ね、不器用なりにも足りない何かを埋め合っていたように思う。自分のペースを極力守りたい僕とは対照的に、彼女はいつも前のめりで歩いていた。少し背伸びしているような印象が強いのは、よく履いていたヒールの高い靴の所為だけだろうか。
他にも、彼女の事を想い出すと当時の感情を伴って幾つもの瞬間が記憶に蘇る。
企画が通ったとはしゃぐ笑顔が素敵で今すぐ抱きしめたくなったこと。
遠くの花火が小さく聞こえ、微かに感じる小指が柔らかかったこと。
二人でお酒を飲んだ夜、彼女の頬が淡く染まったマシュマロのように見えたこと。
想い出すのは日常の些細な事なのに、そのどれもが銀幕に映し出されているかのように感じられるのは、そんな彼女が誰よりも眩しく、誰よりも近いのに、何処か遠く感じていたからかもしれない。

「いつの間にか終わっちゃったね」
ソファに並んで青く光るテレビを見ながら君が呟いた。勝った投手が、ヒーローインタビューを受けている。「仕事しかない人生なんて嫌だな」と言った僕に、
「私は仕事したー、って思って死にたいよ」
と言って、彼女は僕の耳たぶを柔らかく噛んだ。冷酒で冷えた唇を重ねたのち、覆いかぶさってきた彼女を強く抱きしめると、青くキラキラした瞳に何かが映っているように見えた。
その瞬間に「あぁ、そういうことか」と。
そう思ってしまった。

だから、あの日。駅から階段を登った先で、海に沈む夕陽の方を向いた彼女が、こちらを振り返らずに

「N.Yに行くことになったの」

と告げた時。僕はそこまで驚かなかった。
わざと明るく振る舞い、その先にある夢だけを見つめ、笑う彼女の背中は、小さく、柔らかく、悲しく、寂しげだ。

「……そっか、良い温泉宿が見つかるといいね」

彼女の調子に合わせた僕はいつものように軽口を叩き、

「“入浴”じゃなくて、ニューヨークだよ、もう」

と微かに笑いながら、彼女はやっとこちらを振り返った。どちらにしても逆光で表情はよく見えなかったけど、僕は少し俯いて笑うふりをしながら目を伏せた。

「ばか」

と呟く、彼女の声が風に流されるように散って消えていった。


そう。僕は、ばかだった。

でもね。実は気づいていたよ。

そこまで驚かなかった僕に対して、そこまで驚かなかったあなたに。
僕の普段通りの冗談であなたの心が少しでも軽くなるってことに。
振り返ったあなたの、あのマシュマロのような頬が涙で光っていたことに。
あのとき覆いかぶさってきたあなたの青くキラキラした瞳が見ていた先に。


気づいていないと思っていたでしょう?だから、ばかはお互い様だよ。

ばか。


あなたが大切にしていた未来は、いまでも変わらないのだろうか。
色褪せたあなたからの手紙を折って作った紙ヒコーキは、強い風に飛ばされて何処かへ行ってしまった。
それでもまだ、僕は何処にも行かずに、相も変わらずこの街で生きている。高い背で遠くからでも目印になることもまた、相変わらずだ。


(了)





【追記】

本当はあとがきとか、そういうのを書かない方がスッキリ終われると思うし、普段の作風もあって余計にこの手の作品を書いた後ってのは非常にハズいので、さっさとハケたいところではあるのですが、ここまで書くのが応募条件との事なので、お酒様の力をこれでもかと言わんばかりに借りて、今これを書いております。またもやフリースタイルnoteです。どうも、稲葉浩志です。あ、間違えた。逆佐亭 裕らくです。

こちらの企画に参加させて頂きました。池松さん、素敵な企画をありがとうございました。

そして、リライトさせて頂いたのが、こちらの作品。

池松さんの恋愛モノ、すごく好きなんです。書くのは苦手なのですが、読むのは好きなんですね。いつぞやの「#呑みながら書きました」のときでもTwitterで一人で騒いでいましたが(その節はウザ絡みして申し訳ございませんでした)、もう琴線に触れるどころか、チョッパーでバシバシ鳴らしてくるレベルです。「照れ」と「エモ」のバランスと言いますか。テレエモ、という新ジャンルを築きましょうか。やめときますか。やめときましょうね。すみません。急に変な事言い出して。
でも、とにかく、もうただの好みなんですけど、僕はこの配合具合が非常に心地良いんです。

何点か必須項目があるようなので、書いていきますね。

「今回のリライトのポイント」…せっかくリライトするので、主人公の感性は自分らしく、というか、自分しか重ねられないんですけど。原作を何度も読み返して、追体験したような感覚に陥るまで読み返して、まるで自分の過去にあった事実だと錯覚するくらいまで読んで潜って成りきって。あとは「自分が体験した出来事」として、そのとき自分がどう思ったか、そういやこう言って返したな、みたいな。でも、リライトってきっとそういう事ですよね。知らんけど。
あと、ごめんなさい。勝手に紹介するのも悪いかな、と思って一瞬だけ躊躇したのですが、怒られたら消せばいいやと開き直って貼っちゃいます。

本当言うと、僕の中でこれが理想でした。
人のモノでオリジナリティ出すのって結構、至難の業じゃないですか?
対象作品と自分の作風や持ち味を相当把握していないと出来ない芸当だと思うんです。四宮さんはマジで、その辺の感覚が鋭すぎる。ちょっと鳥肌立っちゃった。で、僕も見習おう!と思い立って、書き始めは小ボケを挟みまくったのですが、ボケればボケるほど原作を逸脱していく感覚が無視できないそれになってきたので、全部削って「潔く諦めて、次に書くやつで思う存分ボケよう」とシフトチェンジして、結果これでした。ご清聴、ありがとうございました。次。

「なんでこの作品をリライトしたのか?」…甲乙つけがたかったのは勿論ですが、シンプルにこの作品が一番スキだったのと、一回全作品を脳内で軽くリライトしたもののプロットを立てたときに唯一最後までちゃんと出来た作品だったので。核となる部分は池松さんの手によって、もう既に出来上がっているから、あとは言うならば書き出しと〆、または枕とサゲ、もしくはイントロとアウトロ。これが見えてくれば七割方出来たようなもの、という事で。この作品ではそれが唯一、その段階でぼんやりと見えたので。即決でした。

「どんな所にフォーカスしてリライトしたのか」…印象的な、あくまでも個人的に、グッときた場面と表現をより中心に。また曲で例えてアレなんですけども、サビの部分(あくまでも僕の中での、です)をよりサビらしく盛り上げていくような。その為に足したり、削ったりと。言うまでもなく、原作が十分魅力的なのでそんなんする必要もないんですけど、そのまま転載しても、ねぇ。「カバー曲です」とか言っときながら、単に原曲のBPMを速くしただけみたいなしょーもない00年代メロコアバンドみたいな事はしたくないじゃないですか。あれ、僕は誰に喧嘩を売っているのでしょうか。誰と戦っているのでしょうか。

あと、リンクも貼りましたが、某天才二人組トップアーティスト(検索除け)のこの曲が、原作の内容と合い過ぎてて、書きながら脳内をリピートしまくって大変でした。検索除けとか言いながら、さっき思いっきり名前出しちゃったけど。是非聴きながら原作を読んでみて、そして、もし読み終わった時点でまだ曲が終わってなかったら、残り時間で僕のも読んでみてください。


さて。

次回は馬鹿みたいな事しか書かないぞ。(平常運転)


御後が宜しい様で。




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