毒親のダブルバインドで、犬さえ死ぬ。vol.11 最終回
こちらの記事は、親子間で起こった「ダブルバインド」のネガティブな体験談について書いています。<前提>→vol.1〜10の順に読んでみてください。
※リンクは当記事の最下部にはってあります。
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名前を呼んでも、応答が薄いB。
病院までの間、
抱っこしている間に「いまにも消えてしまいそう」なB。
うそでしょ?
大丈夫なはず。
だって、いっつも「大丈夫だった」じゃん!!
心臓が、ドキドキしている。
病院に着いて、すぐ診察室に連れていき。
もう、朦朧としているBを診察台に寝かせる。
「採血します」と言われたけど
ガリガリすぎて「採血ができない」と。
診察してもらっている間、
わたしはずっとBの目の前に居て
なんとか、処置がなされることを祈っている。
でも、そうこうしているうちに
Bは表情を変えずに「失禁」した。
すべての液体を、身体の外に出したように。
そして、その失禁が終わってしばらくして
Bは、全く、声がけに反応しなくなって
そのまま、息絶えた。
ウソのようだった。
信じられなかった。
何が起きているか、わからなかった。
死ぬ、なんて思ってなかった。
まだ、何ヶ月も。できたら何年も
一緒に暮らす予定だった。
こどもたちにも、また会わせてあげたかった。
一緒に過ごしたかった。
なのに、
死んでしまった。
全然、一緒に過ごせなかった。
全然、間に合わなかった。
全然、ダメだった。
全然「幸せにしてあげられなかった」
なにこれ。
でも、死んでしまったのだ。
診察室を出て
待っていてくれたAさんに
Bが死んでしまったことを伝えた。
わたしは泣いていたけど、
そんなわたしの姿は
Aさんにとっては「滑稽な姿」にみえていたようで。
「そりゃ、あんな状態だったんだから。笑」
と。
泣いてるわたしの想いと、
実際にしている行動と。
あまりにも「違いすぎ」て。
どうやったら、
そんな「おかしなこと」になるのか?と。
もう、そうでしかなくて。
わたしは、「信じられない」「受け入れられない」と
もし、1人だったらきっと現実逃避していたけれど。
Aさんがたまたま居てくれていた時だったので、助かった。
わたしは「正気じゃなかった」けど
冷静に、事をみて、判断ができるAさんが
わたしのおかしな言動に「ストップ」をかけてくれる。
亡骸をどうしますか?と病院の受付で聞かれて
わたしは「連れて帰ります」と言った。
連れて帰ってどうするのか、何も考えられてなかったけど。
まだ、離れたくなかったのだ。
全然、一緒に過ごしてない。
まだ、一緒に居たい。
連れて帰ったはいいけど、
どうしたらいいか。
しばらくぼおっと亡骸と共にいたのだけど。
そのままにしておくわけにもいかない。
Aさんが、「土にかえしてあげるのがいいんじゃないか」と
提案してくれて。そこに「桜の花でも植えてあげよう」と。
そんな素敵な提案をしてくれて。
そうだな。土にかえしてあげるのが一番いい。
最後、あんなに庭で落ち着いて過ごしていたし。
ちゃんと「お別れ」しないと。
花屋さんで植木を買い。
うちの庭は、たまたま剪定がちゃんと入っている
それなりに立派な庭があった古民家だったので
その、いい感じの場所に、穴を掘って
Bが小さい頃からずっと愛用していた毛布を
小さく切って、一緒に埋めてあげて。
ちゃんとお別れをした。
現実なのに
あまりにも「ウソのよう」で。
わたしには、
そういう「受け入れられないこと」が
沢山あって。
わたしの「母親との共依存」は
そういう現実を沢山生み、
それは、ものすごく周りの人をまきこんでいて。
今回のケースは、
犬という生き物まで巻き込むことになった。
わたしが「人に言えなかった」自分のズレ。
自分の言動が、大きく「不一致」な出来事で。
とんでもなくストレスなことだった。
なぜ、
わたしはこうも
大切なものを、大切にできないのか。
どうして
「大切にできない方」を
いつも選択してしまうのか。
わたしの不可解なその「不一致」について
Aさんが、紐解くヒントをいつも与えてくれていました。
わたしが
自分の人生について。
少しずつでも
「自分事」として受け入れることができるように。
わたしが、避けていたこと。
ものすごい、
悲しくて、苦しくて。
しんどかったこと。
死に近い「共依存」のこと。
色々と教えてもらってきて
今があります。
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