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信仰としての野球
もしも日本が経済的に衰退し、技術力も失い、皇統も断絶して歴史的な意味での日本と言う国がなくなり、日本人としてのプライドのみならず、一体化も失ったとき、何をよりどころとするだろう。
野球は、その拠り所のひとつになり得るのではないか。
日本の野球、日本的な野球と言えば、誰しもが一定のイメージを持つことができるだろう。スモールベースボールと言う言葉だけでも、日本人なら、その意味するところは概ね理解できる
これがサッカーではそうはいかない。
日本的なサッカーとか、日本らしいサッカーと言われても、もう一つどういうことなのか、ピンとこないのではないか。
それにいくら日本サッカーが強くなったといっても、ワールドカップで優勝などいうのはまだ現実感がない。
それに比べれば、野球は優勝できる力はあるし、優勝してほしいと願う日本人も多いだろう。
サッカーは「勝てばいいな」だが、野球は「負けてほしくない」と言う気持ちが強いのではないか。
ブラジルはサッカーが国の統一の象徴と言うが、こういう感覚なのだろう。
そう思えば、野球と言うのは日本と言う民族の1つの信仰なのかもしれない。