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Trick or Treat

「閉じ込められた?」
「みたいだな」 
「どうすんの?こんなとこで死にたくない」
 命からがらショッピングモールにたどり着き、一番端にある大型雑貨店に逃げ込んだ。山積みのぬいぐるみ、カプセルトイ、極彩色のグミやM&M's、詩集、コミックス、点滅するライト、煽るようなポップ…。迷路の様な店内で隠れ場所を探す。電気が消え防火扉が閉まり、二人は閉じ込められたのを知った。
 「逃げるならショッピングモール、とはベタな。ゾンビ映画の定番だ。それとも灯りが見えたか。ロッキーホラーショーみたいに」
物陰から声がした。老婆だった。掲げたランタンが、フードの下の皺だらけの顔を照らしている。黒いマントに、缶ジュースとライトセーバー。(魔女だ)二人は同時に思った。
 「あ、あの、お婆さん、私たち」Bが声を掛けた。こういう時、Bは肝が据わっている。
 「あたしはあんたの婆さんじゃない」
 「すみません、ええとお姉さん。ここに居ても良いでしょうか」
 「ナタリーだ。外は死屍累々ってとこだろ?しばらくここにいるしかない」
 「はい。ナタリーさん、あの、ご一緒させてください」
 ナタリー?どう見てもコテコテの日本人なのに?呆けているのか。最近はキレる老人も多い。武器を手にしているし、ここは下手に出ようとAは思った。
 「あの、今一体何が起こってるんでしょうか」
 「さあね、私が知る訳ないだろ。若いもんならスマホで調べれば良いじゃないか」
 「駄目なんです。何時間か前から繋がらなくて」
 「そうか。まあここには、プリングルスやチートスみたいなスナックと、チュッパチャップスやハーシーなら山のようにある。飲み物はレジの脇。チェリーコークとルートビアとドクターペッパー。未だ少し冷たい。これでビデオでも観られたら、カウチポテトと洒落込めるんだけどな」
   「カウチポテト?」知らないか。ナタリーはゲップをした。
 「ルートビアに目がなくてね。飲み放題とは有り難い」
 「ちょっと変わった味ですよね」
 この店に入り浸って居た二人は知っていた。甘ったるく薬草の様な味。一口飲んで捨てた。
 「無いよりましだろ」
 「ね、寒い」しばらくしてBが言った。二人は半袖で、ランタンと、店のあちこちにある蛍光塗料のぼんやりとした光の中、売り物の幼児用の椅子に腰掛けていた。外からは物音ひとつしない。ナタリーは二人を信用していないというように離れて座り、武器を手放さない。
 「ハロウィンの仮装コーナーに服がある」
 「ああ、だからおば、いや、ナタリーさんは仮装なんですね」Aはクマの着ぐるみ、Bはハリーポッターのマントを身につけた。
 「なんかハロウィンムード高まりますねえ」Bの脳天気さが、Aには憎々しい。
 「呑気なもんだな、ところであんたら、名前はなんて呼んだら良い」
 「あなたがナタリーなら、私はアレックス、彼女はディランと」Aが言った。
 「ほう、チャーリーズ・エンジェル二千年版か。良く知ってるじゃないか」ナタリーの窪んだ目元が緩んだ。
 「この店でフィギュアを見つけて、映画観ました」
 「なるほどね。あれは良かった。二作目は今ひとつだったが」
 「あれ?どうしたんでしょう」
 「Trick or Treat」赤いネオンが点滅し、電光看板に文字が流れ、タイマーがカウントダウンを刻みだした。
 「なんかクイズみたいですね」
 「これはあれだ、全問解かないと死ぬやつだ」ナタリーがつぶやいた。
 「え、ちょっと意味わかんない」
 「回答ボタンは無いから、答えをあの前の持って行くようだ。奴らがどこかで見張っている」
 「そんな」
 「ブツブツ言わないで、手を動かす。一問目の答えは恐らく、『爆裂都市』。DVDの棚から持ってきな。邦画だ」
 「はいっ」二人は訳が分からないままDVDを探しだし、ネオンの前に置いた。ピンポンピンポン。タイマーが止まり、次の問いが流れた。
 「正解、だったようですね」
 「ああ。だが気を抜くな」「はいっ」
 妖怪けむり。ラガディアン。電撃的東京。重慶大廈。ミミ萩原。三叉路。さくらんぼ餅。安部公房。ファイヤーキング。幅広いジャンルからの出題に、ナタリーは答え、瞬時に二人は、店内から品物を探した。ピンポンピンポン。三百問目。YOU WIN!ネオンが点滅し、電灯が付き、防火扉が開いた。
 「勝った。さ、これで外に出られる」
 「ナタリーさん。なんで正解を?」
 「さあね。年の功かね。あんたらも全てがお膳立てされたこんな店で、面白がってちゃだめだよ」手近なポップを破り捨てた。
 「はあ」
 「考えるな感じろ?この店のどこがサブカルなもんか。面白いものは自分で見つけな。さ、私はもう行くよ」
 「え?外に出るんですか」
 「当たり前じゃないか。こんな文化もどきの墓場で野垂れ死にしたくないわ。1999年に死ぬってノストラダムスに言われてからこちとら、ずっと余生なんだから」
 床に落ちていたチャッキー人形を跨いで、外に出た。ナタリーは振り向かない。(了)

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