情報に踊らされない大切さ
今年の夏は、いつもに増して気温が高いように感じます。
8月も平年より気温の高い状況が続くようなので、熱中症にはくれぐれもご注意くださいませ。
■情報の伝え方ととらえ方
会社員などが亡くなった際の「遺族厚生年金」の見直しに関するニュースが注目されています。
かいつまんで言うと、60歳未満で受け取ることになった場合、男女で差が設けられている要件を解消するというものですが、改正の背景や狙い、全体的なバランスなどに言及することなく結構な炎上となっている状況に対し、「またか・・」という気持ちがぬぐえません。
「情報を伝える側」は、なるべく多くの人に注目してもらいたいために、少々過激であってもキャッチーなコピーを使いがちですし、「情報を受ける側」は、直感的にわかりやすい話に引き寄せられがちです。
2019年に話題となった「2,000万円問題」などは、その典型だったと思っていますが、わかりやすい情報=正しい情報とは限らない、という点を理解しておくことは、多くの場合にとても大切だと感じる次第です。
■題材としての2,000万円問題
2,000万円問題といえば、2024年5月ごろ、ネット上(というかSNS上)で、「老後2,000万円問題が、老後4,000万円問題になった」という趣旨の話題が目につきました。
そもそも、老後2,000万円問題とは、2019年6月3日に金融庁の「金融審議会 市場ワーキング・グループ」がまとめられた、「高齢社会における資産形成・管理」という報告書を、メディアなどが変な形で紹介したことが発端になったものです。
この時の批判は、その多くが「注目を集めるための的外れな内容」であり、根本的な問題として「2,000万円」という数字は全く気にする必要はありません。
ちなみに、市場ワーキング・グループの報告書のP21にある元文章はこちらの通りです。
そう、人によって違うわけですよ。
さらにいうと、この時の「毎月の不足額」は、2017年の家計調査を基に算出されていますが、当然のごとくこの金額も毎年変わります。
ですから、大切なのは「数字を気にする」のではなく「自分自身のライフプランを知ること」なのです。
■2,000万円が4,000万円になった理由
そして、昨今の物価上昇を加味したことにより、2,000万円が4,000万円という数字に替わります。
消費者物価指数は、毎月総務省から発表されているもので、7月に発表された「2024年6月分」の数字は、前年同月比2.8%の上昇でした(総合指数)。ただ、過去1年間を見ると、3.0%~3.5%の上昇ですし、「生鮮食品及びエネルギーを除く総合」の数値では、最大4.3%上昇という月もありました。
そこで、仮に今後3.5%の物価上昇が続いたらどうなるか?をシミュレーションしてみます。
単純に、今手元にある2,000万円は、3.5%上昇すると1年後に2,070万円となります。
2年目以降も同じように毎年3.5%上昇すると、10年後には約2,830万円、20年後には約4,020万円になりますから、計算的には「今の時点で2,000万円不足しているなら、20年後には4,000万円の不足になる」というのは、その通りです。
でも、すでにお気づきと思いますが、今後「3.5%の物価上昇がずっと続く」のは考えにくいですし、実際にこれだけ物価が上昇するのであれば、他の数字、例えば退職までの賃金や将来受け取る年金もある程度は上昇するはずです。もっと言えば、運用資産ももっと増えるはずです。
ちなみに、物価上昇率を日銀がインフレ目標としてとらえてきた「2.0%」に設定すると、上記の数字は「10年後に約2,440万円、20年後に約2,982万円」になるので、ずいぶんと印象が変わりますね。
■情報に踊らされないことが大切
当時、この問題を取り上げたヤフーニュースには4,000件を超えるコメントがついており、関心の高い話題であることを実感させられます。
コメントの中には、「前提がおかしいよね」という冷静なコメントもあれば、「やっぱり政府はごまかしていた!」的なコメントも多くありました。
すべての情報について、その背景を自分で検証するというのは高いハードルのように思いますが、こと「お金」に関する情報については、条件反射的に反応するのではなく、一呼吸おいて冷静に考えることや、他の方の意見も確認するようにしたいものだと思う次第です。
■リタイアメントプランについて
老後資金や退職後の生活資金をベースに、老後の生活設計について考えるのがリタイアメントプランです。
そもそも、FP(ファイナンシャルプランニング)のベースは、退職後の生活で困らないための準備(=リタイアメントプラン)という面があります。
ただ、この“退職後”や“リタイア”という定義が、時代とともに大きく変わっているのも事実です。
例えば、お勤めの方の定年年齢が引き上げられていたり、自営やフリーランスのように組織に属さない働き手の方が増えていたり、平均寿命の延びによって“老後”の生活期間が長くなったりといったところでしょうか。
退職者に向けた資産活用(取り崩しを含む)を提言されているフィンウェル研究所の野尻哲史さんは、以前から退職後というのは「勤労収入<生活費」となる状況を指すとして、この差を埋めるものは、人によって「年金」だったり、「資産の取り崩し」だったり、「勤労収入の上乗せ」だったりすると指摘されています。
ですから、僕自身もリタイアメントプランの定義は「自分にとって必要な生活費が、その時の勤労収入よりも多くなる時期」と考えることにしています。
■未来の不安をどう払しょくするか
少し前の話ですが、雑誌プレジデントの2024年3月29日号で【「定年」の新常識】という特集がありました。その中でも、長寿になったことが大きな変化の1つであるとしています。
そして、老後不安には「自分の未来に対する不安」と「自分の財産状況を把握できていない不安」があるとも紹介されていました。
記事の中では、金持ち定年への4つの分岐点というテーマで、“働き方”“財産”“投資”“お金の使い方”が取り上げられているのですが、考えてみると従来のリタイアメントプランでカバーしているのは、このうちの”財産“の面だけなんですよね。
ようするに、退職後の不安には、お金の不安だけでなく、気持ちの面の不安も大きいということですから、従来のFPでいうところの「退職後に備えたお金の準備」だけでは解決できないことがわかります。
あとは、家族や周りの人との人間関係という面ももちろんあるでしょう。
未来の不安を完全になくすことはできませんが、少なくとも「自分にとっての不安」をちゃんと認識することが大切というか、それが無ければ見当違いのスタート地点に立ってしまう危険があると思うのです。
■考えすぎない方がいい面もある
ここまで書くと、やっぱり早くからの準備が大切だよなって思いますし、それは間違いないのですが、一方で、未来のことは誰にもわかりませんから、あまり先のことを考えすぎるのもよくありません。
実際、充実した老後を送っている人は、何年も先のことは気にせず(心配せず)、足元の生活を楽しんでいるものです。
こういうと、「それは十分なお金があるから言えることだ」という反論につながりますし、実際その通りの面はあるのですが、ここで大事なのは「じゃあ十分なお金っていくらなの?」という点を、自分ごととして把握できているかどうかです。
これも過去にいろいろなところで言われていることですが、ほとんど貯金がなくても心豊かな人生を送られている人もいれば、使い切れないほどの資産を持っていても不安が消えない人もいるものです。結局はどこまで行っても「金額」だけでは測れないということですし、自分の力でどうしようもないことを思い悩んでも仕方ないということなのでしょう。
情報を得ることは大切ですが、「自分にとっての大切なこと」を見失わない姿勢があってこそだと思う次第です。