短編御題小説「電車」
僕はどうやら見えないらしい。
そんなことを夕焼けで溶けるホームで思った。
海に沈む夕日を目を凝らして見たが良く見えなかった。
隣にはぐったりとした夕ちゃんがいた。ベンチで僕に寄りかかっている。まるで恋人みたいだ。
電車が来る。僕は夕ちゃんの肩をゆすぶると、夕ちゃんは目が覚め、慌てて電車に乗る。僕も後ろに続く。
電車の席はほとんど人がいなかった。僕と夕ちゃんは真ん中に座った。
まだ、夕ちゃんは眠いのか、ウトウトし始めた。
僕は夕ちゃんの為に肩を貸す。夕ちゃんはコクんと頷くと、肩に寄りかかった。昔から馴染みのある、夕ちゃんの家の匂いがした。
夕ちゃんが眠った後は、夕ちゃんの膝にさっきから持っていた彼女のブレザーをかけてあげる。
僕らを乗せて電車はどこまでも、どこまでも進んでいく。まるで人生みたいだ。
1本の線のようにみえて、複雑で乗り換えや回送、そして終点なんかもある。僕らも同じだ。色んな電車を乗り換えてたまたま同じ電車に乗った。ただそれだけ。
少し暑いので僕は学ランの上のボタンを1個外す。すると夕ちゃんがボソッと言った。
「ありがとう。話聞いてくれて」
「別にいいよ。幼なじみなんだから。昔からそうだったろう?」
「そうだね。いつもこんな感じだったね」
「うん。お母さんと大喧嘩して、僕のところに来て、『 家出しよう』とか言って電車に乗って…….」
「あー! あったね、そんなこと」
「あの頃は楽しかった」
「なに? おじいさんなの? …….でも、確かに楽しかった」
子供の頃は楽しかった。これは時が経ち嫌なことが抜け落ちて、結晶みたいになっているのかもしれないが、楽しかったのは事実だ。
毎日くだらないことやって、笑って、泣いて、怒って…….そんな何気ないことに全力だった。
「そういえば、その時、私が最後に言ったこと、覚えてる?」
その時? ああ、お母さんとの喧嘩の件か。結局、夕ちゃんは寂しくなって、最後は泣きじゃくっていたな。
「なんか言ってたけ」
「覚えてないならいいや。多分聞こえなかっただろうし」
なんだかそういう彼女は寂しそうだった。
「あーあ! どうして私たちこんなんになっちゃったんだろう」
「さあ。僕にもわからない」
夕ちゃんは有名高校、片や僕は地元の普通高校だ。既に住んでる世界が違う。
「まあ、でも。これで良かったんじゃないかな」
「お、知ったような口を言うね」
「そりゃあ、君のことなら何でも知っているから」
「嘘」
「え」
「私の方が良く知ってる」
それも嘘だ。と言いたくなる気持ちを我慢した。
電車が止まる。次が降りる駅だ。
「それで。諦めるつもりは無いの?」
「うん。ない」
彼女がきっばりそういうのがなんだか悲しかった。
「そんなやつのどこがいいんだ」
鈍感で、顔もそんなにカッコよくない。ただ、優しいから惚れたとかいう男のどこが。君を泣かせる男のどこが。
「どんなに時間がかかろうが、私は諦めない。だから、君も諦めないでね」
「なにが?」
「いろんなこと」
そう言って彼女はそれっきり黙りこんだ。もう、次の駅だと言うのに肩に頭を乗せてきた。彼女が寝ているのを確認して、僕は彼女に言った。
「僕は君が好きだよ」
電車を降り、駅の前の別れ道。夕ちゃんは「またね!」と手を振って別れた。僕は夕焼けに向かっていく彼女を見てこう思った。
どうやら、僕は見えないらしい。
補足
友達にテーマをもらい書いた小説。
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