栄華の痕跡とイワシ祭り ポルトガル・スペイン紀行前篇
パリで乗り継いだ飛行機がポルトガルの首都、リスボン空港に着いたのは現地時間23時過ぎ。荷物を引き取り、タクシー乗り場に行くと長蛇の列。やっと乗り込んだ車のドライバーは無口で、高速道路をぶっ飛ばす。市内中心の入り組んだ小路に面するホテルにやっと着くと、メーターは20ユーロ足らずだった。ぼられずに済んだと安心してチップを渡すと、初めて笑顔を見せて荷物を下ろしてくれた。
翌朝、目覚めてカーテンを開くと、目の前に小さな公園。ジャカランダの紫色の花が風に散っていた。
朝食後、路面電車に乗ってベレンの塔へ向かう。塔は小さなお城のような造り。開場直後にすんなり入場。16世紀にバスコ・ダ・ガマの偉業を称えて建てられた。ここはテージョ川河口、大西洋への出入り口のため重要な要塞であった。中には昔の大砲も展示されている。テージョ川には遊覧船やヨットがたくさん往き来している。
川縁を歩いてもうひとつの世界遺産、ジェロニモス修道院へ。入場券を買うための長蛇の列を横目に、隣接する考古学博物館で共通入場券を買う。事前に予習してきた裏ワザ。ジェロニモス修道院も大航海時代に稼いだ莫大な富をつぎ込んで建て始められたが、完成までに300年を要した。荘厳な教会と修道院の美しい回廊。建築当時の王の名前に由来するマヌエル様式の傑作のひとつ。
夕食は海鮮料理。店は大人気で超満員。珍味カメノテ、木槌で割りながら食べるワタリガニ、マテ貝など、どれも美味しい。飲み物はヴィーニョヴェルデ。緑のワインと呼ばれるポルトガル独自のワイン。若摘みのブドウを使った熟成の短い、いわゆる若いワインで微発泡性。これが魚介類によく合う。しかも安い。ポルトガル滞在中はもっぱらこれを楽しんだ。
この日は聖アントニオ祭の前夜祭で、町は大賑わい。祭りは別名、イワシ祭り。路上のあちこちで人々がイワシを焼いて、煙がモクモク。イワシの帽子をかぶる人もいる。狭い路地の突き当たりは路上クラブ。DJが卓に向かい大音量の音楽を流す。ひしめき合って踊る若者たち。21時過ぎでも空は明るい。不思議な光景だった。
翌日は日帰りの現地ツアーに参加した。集合場所のハードロックカフェ前には大勢の観光客。ワゴン車が続々とやって来て、参加者を呼んでは出発していく。我々夫妻と同じ車に乗り合わせたのは、ニューヨーク、サンフランシスコからのカップル2組。ガイドのジュアンは英語で案内をする。細部が聞き取れなくても、概ね分かればOK。
最初の訪問地はファティマの奇跡で知られるファティマ。6月13日、大聖堂でミサが行われていて、広大な広場には数千人の信者がいた。5月と10月の13日は何万人も集まる。献火台には背丈を超すロウソクが何本も燃えていた。
次の訪問地は世界遺産の修道院が立つバターリャ。14世紀から建て始められ完成まで2世紀。見事なゴシック建築である。やはりその当時のポルトガルは、ある意味で世界の中心だったのだろうと納得させられる。
最後に訪れたのは、最も楽しみにしていたナザレ。ポルトガル屈指のリゾート地で、美しく長い砂浜があり、夏は観光客で溢れる。また、北側のビーチは大きな波が立つサーフィンのメッカでもある。
車は町外れの崖の上に登った。広場にはナッツを売る屋台が並ぶ。売り子は独特の民族衣装、何枚ものスカートを重ね履きした女性たち。展望台からは、ゆるやかにカーブする砂浜と朱色の瓦屋根が連なる町並みを見下ろせる。季節外れの浜に人はほとんどいない。波が静かに打ち寄せるばかり。初めてなのに、なぜか見覚えのある景色のような気がして胸が詰まった。 (続く)