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箏曲《 六段 》
たぶん6、7年くらい前のお正月。
まだテレビのある家で暮らしていた頃。
特別企画番組だったような気がする。
キッチンへ降りていくと、誰もいないのにテレビがつけっぱなしになっていた。
消そうとリモコンを取りに行き、足を止めた。
なんともいえない神々しさを身にまとった白髪の女性が壇上に立ったから。
何者なんだろう?
相当に上質な着物。それを上回るほどの堂々とした佇まい。
なんだか知らないけど、只者じゃない。
その人物は静寂の中、座ると琴を弾き始めた。琴ではお馴染みの定番曲、《六段》。母が弾いてるのを聴いたことがある。
画面から流れてくるのは、私が知っている《六段》とは別物だった。
母の演奏は明るく溌剌としていた。
しかしこの人が弾くのは真逆。
破壊的で、荒れ狂う急流のような…そしてなにより、おどろおどろしかった。
背後に悪霊立ってるよね?
(そんな気がするだけ)
しかも二人。
(そんな気がするだけ)
悪霊か、それとも使い魔かもしれない。(使い魔って、この人何者よ?)
強面の彼らを従えて、鬼気迫る演奏を繰り広げている。
(そんな気がするだけだってば)
もちろん実際には何も見えていない。そんな気がしてくるほどの演奏だったということだ。
こんな感想を持つとは、なんて無礼なんだろう。お正月なんだから、悪霊や使い魔が睨みを効かせるような演奏を披露するわけないじゃないか。きっと、すごく縁起のいい気を発するような演奏だったはず。
うん、はずなんだよ。
‥‥おかしいな‥‥
とにかく、自分が知っている《六段》とはかけ離れていた。同じ曲でも、奏者によって違いがあることはわかっている。
むしろそれが当たり前。だけど、まさかここまでとは。
演奏が終わった。
圧巻だった。
打ちのめされた。
敗北した。
(だから、何と戦ったのよ?)
素晴らしかった。
あまりに素晴らしくて
しばらく動けずにいた。
呆けている私へ声が掛かった。
『あれ?テレビ消そうと思って来たんだけど、見てた?』
「あ、ああ。
ううん、もういいの。
消すね。」
ープチッー
あの奏者が誰なのか、わからずじまいなのが残念。後で調べに調べたけど、どうしても見つからないのだ。