東急線全部乗る②こどもの国線 弾薬、こども、そして社畜
東急田園都市線がJR横浜線と交差する長津田駅から分岐してこどもの国駅までを結ぶのが「こどもの国線」。路線名と駅名からもわかる通り、こどもの国という児童厚生施設へのアクセスや、ニュータウンの通勤通学路線として活用されている。長津田駅、恩田駅、こどもの国駅の3駅の小さな路線。
こどもの国がある場所は横浜市の西の端、町田市に近い多摩丘陵。この土地はもともと日本陸軍最大の弾薬工場と弾薬庫として使われ、戦後は米軍に接収され田奈弾薬庫として使われていた。1959年の皇太子ご成婚に際し、祝い金を子供のために使ってほしいというご意向から、返還が決まっていたこの場所を児童厚生施設とすることで整備され1965年に開業した。
その後、こどもの国へのアクセスのため、材料や弾薬の輸送のために使われていた貨物線跡を活用し、前年に長津田駅まで延伸してきた東急電鉄に運行を委託する形で1967年こどもの国線として開業させた。当初は純粋なこどもの国のためのアクセス線として開園日の昼間の開園時間に合わせて運行されていた。
東急田園都市線沿線の開発が進み、こどもの国周辺も宅地化が進み普通の通勤路線への転換が求められるようになる。路線の所有を非営利団体のこどもの国から横浜市の出資する第三セクターへ譲渡、2000年に長津田駅とこどもの国駅の間に恩田駅を開業し、早朝から深夜まで運行時間が拡大、本数も増加し通勤路線となった。
長津田駅付近の住民から運行時間の延長と本数増加にともなう騒音公害への反対運動があった。そのため、長津田駅を出てすぐの急カーブは騒音防止のため制限時速20km/hの超低速走行をすることになっている。
こどもの国線は、弾薬、こども、社畜と時代とともにいろいろなものを運ぶ歴史を歩んできている。
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