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【2/7 日記】夢の果て、歴史の先の現在

今日は引用いっぱいの日記です。

・ウマ娘1期13話を見た。
まずはあのジャパンカップの後の顛末から。
グラスがハナ差でスペちゃんに勝った有馬記念。

ウオッカとダスカさんのぶつかり合い。\大接戦ドゴーン!/

テイオーが皐月賞と日本ダービーを制覇。怪我を乗り越え有馬記念も制覇。
ビワハヤヒデとナイスネイチャを抜かすシーンがあったな……と思ったら、有馬記念の着順を再現していた。

春の天皇賞を連覇したマックイーン。

宝塚記念を連覇、凱旋門賞にも出たゴルシ。
※YouTubeあとで貼ります

スズカさんが勝ったG1レースは何か触れられない。そうよね、モデルがないから。
スペちゃんに向かって「私が勝つから」と言うスズカさん!かっこいい!

ドリームトロフィーで記者会見に答える人の口癖、誰かのパロディかな。理事長?
→調べたら元東京都知事の美濃部亮吉ではないかとのこと。公営ギャ‌ンブルの廃止に取り組んでいたんだとか。

トレーナーの過去。チームを辞めなかったのはゴルシだけ。目をつけたのはスズカさんの走り。スズカさんにおハナさんの命令無視をさせたのはトレーナーさんなのか。
ダサいチラシに目をつけたダスカとウオッカ。
トレーナーも「田舎娘」なのか?地方出身なのかな。
抽選会は有馬記念ぽい。
WDTを前に、思うところあるトレーナー。

WDT当日。それぞれの思いを抱えながら会場に向かうウマ娘たち。
ずた袋に入れて連れてこられるトレーナーさん。行方不明だったんだ……
円陣を組むチームスピカ。トレーナーさんも一緒に。

ビワハヤヒデとナリタブライアンの兄弟(姉妹)対決。
史実で戦うことの叶わなかった馬たち、戦えなかったレースのある馬たち。ウマ娘となって、一堂に会する。

「あいつら全員1位にさせてやりたい」と思うトレーナーさん。
どんな結果でも目を逸らさない、それが仕事だと言うおハナさん。

見守るウマ娘はセイウンスカイ、キングヘイロー、ハルウララ、サンバイザー。オグリに声援を送ったスーパークリーク、タマモクロス、イナリワン。他にもたくさん。

実況からしてやはりこれは「夢の第11レース」ですね。

ゴール寸前のそこでオープニングを流すな!!!!泣くでしょうが!!!!!!!!

横一線でゴールしたみんなのウイニングライブ。
トレーナーさんと新たなウマ娘の出会い。彼女の夢は……

エンディングテーマはうまぴょい伝説!
ということで、ウマ娘1期、全部見ました!!
あとはOVAの「BNWの誓い」かな。
とにかく涙腺にくる作品だった。熱さ直送便。うっかり外出先で見てはいけないな。


・ネットを彷徨っていたらたまたま見つけた、好きな文の紹介。

少し冷ややかな書き方になるが、人間はどうしようもなく「忘れる」のである。おそらく沖縄の人々は、この事故を純粋に「忘れた」のだろう。

 例えば、見慣れた建築物などがある日突然なくなったりすると、人はそこに何があったのかすら思い出せなくなることがある(民俗学者の畑中章宏はこうした現象を「景観認知症」と名付けている)。戦中から戦後にかけて、沖縄は想像を絶する大変な状況におかれた。生活空間は完全に破壊され、再興された風景はそれまでとは全く違うものだった。こうしたことが重なり、まず事故の記憶は人々の頭の片隅に追いやられたのだ。さらに箝口令によって記録も残らなかったことから、「記憶も記録もない」状況に陥り、結果として「忘れられた」のだろう。

事故災害ルポを書いていてよく思うが、忌まわしい事故や事件の記憶は、そのままにしておくとえてして誰も「伝えない」し、「忘れられていく」ものである。

 例えば過去にある事故が起きた場所で、周辺住民がそれを全く知らなかったとする。筆者のようなマニアは「なんでそんな貴重な歴史を知らないの!?」とびっくりするが、それが当たり前なのだ。理由はよく分からない。とにかく、人は事故や事件のことは悲しいほどに「伝えない」し、「忘れていく」ものなのである。事故の慰霊碑や記念碑を建てるなどし、一年に一回でもいいので慰霊式などを開いてしつこくしつこく繰り返し想起しないと、人々は重要な事故災害の記憶も失っていくのだ。

Webサイト『事故災害研究室 沖縄県営鉄道爆発事故(1944年)その2』より抜粋、太字は日記の筆者による

沖縄県営鉄道の存在は「駅メモ!」で知っていた。ただ、想像を絶するような事故が戦時中に起こっていたことは、お恥ずかしながらこのページで紹介されるまで知らなかった。

事故や災害の犠牲者を弔う何よりの方法は、「同じような惨劇を繰り返さないこと」だと、私は信じている。そのためには、記録が必要だし、それに何度も触れることも必要だ。

健康に良くないとわかっちゃいても、私はインターネットの海を彷徨うのが好きだ。
そう実感させられる出会いだった。

・あと同じサイトの別項目でふと気づいたこと。

「当時のバス内は乗客で鮨詰め状態だった。それで乗り降りする時のステップ部分にも乗客がいたため、運転席の左側にあるサイドミラーが見えなくなっていた」

Webサイト『事故災害研究室 青木湖バス転落事故(1975年)』より抜粋

路線バスに乗るときによく「ステップに立たないで」と言う表示を見かける。何度か運転手さんから注意されている乗客も見た。
その理由に思い至らなかった。視界が塞がれて、安全確認ができないのだ。
日頃の安全は、やはり事故の教訓から成り立っている。些細なところにも息づいている。
そう言うところが好きなので、おそらく私は「にわか事故オタク」かもしれない。名乗りづらい。いや名乗る機会なさそうだけど。

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栗藤ルネ
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