暮瀬堂日記〜落鮎
鮮魚売場で鮎の売られているのを目にすることがある。殆どが『養殖』のラベルが貼られ、ニ尾で五六百円くらいであろうか。河川では、来月くらいまで友釣をする姿が見られるが、落鮎がスーパーに並ぶことはあるのだろうか。
落鮎は三秋の季語である。鮎は九月から十月頃産卵のため下流へと下る。背は黒く腹は赤みをおび鉄が錆びたような色になるので、錆鮎・渋鮎ともよぶ。産卵した鮎は、精魂尽き果て、多くは死んでしまう、一年魚である。
かつて古書店で落手した宮地伝三郎博士の「俳風動物記」(岩波新書)を開くと、多くの俳諧師らの詠んだ鮎の句と邂逅し、垂涎物の名著に面晤を得たと瞠目したものだった。
鮎さびて石とがりたる川瀬かな 乙州
落ちるなと渓鰮(あゆ)に一声
杜父魚(かじか)かな 汶上
などは、本来の俳諧の諧謔さを湛えて首肯させられ、戯れに何句か手控えたのが思い出された。
落ちまいと密かに沼に逸れし鮎
滝壺で錆のいや増す鮎の群
落鮎の月を見やうと跳ねにけり
(新暦九月四日 旧暦七月十七日 処暑の節気 禾乃登【こくものすなわちみのる】候)