暮瀬堂日記〜観音崎の葈耳(おなもみ)
先日の車の点検の際に、一年で5000km(416km/月)は乗るよう言われたので、どこに行きたいか家人に尋ねると、
「海がみたいなあ」
「どこの海がいい」
「あなたいつも横須賀に行ってるから、見てみたいなあ」
と言うようなやり取りがあり、
「だったら観音崎まで行ってみよう」
と支度を始めた。
高速だと2000円くらい掛かるので、下道でゆっくり進むことにした。
出発した七時半頃は涼しかったが、八時半、堀口能見台の西友で車を降りると、気温と湿度が上昇して、既にむせ返るようだった。
十時半到着すると、観音崎灯台が雄大に出迎えてくれた。日本最古の西洋式灯台とのことで、あまたの船籍を見守って来たことだろう。
浦賀水道にはイージス艦や貨物船、釣船などが行き交っていた。
「この辺にもペリーが来たのかなあ」
と、歴史好きの家人の声に目を瞑ると、幕末の志士たちの姿が目蓋の裏に浮かんで来るのだった。
程なく、黒船を仰ぎ見る龍馬の面影にはっとして目を開くと、波打ち際に茂る葈耳(おなもみ)に気が付いた。海辺にも生えるのだな、と一つ取ろうとしたが、鋭い棘に拒まれた。欲する時には拒まれ、要らぬ時にはひっついて離れぬ、あたかも、しがらみのような植物である。
執着は葈耳の籔をゆく如し
葈耳を払つてもなほ故郷(くに)遠し
ニ句を手控えると、波の砕ける音のみが響き続けていた。
「ピアニッシモみたいだね」
家人の呟きに振り向くと、遠い目をして微笑んでいた。
(新暦九月ニ日 旧暦七月十五日 処暑の節気 禾乃登【こくものすなわちみのる】候)
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