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暮瀬堂日記〜背高泡立草(セイタカアワダチソウ)

 蒲田駅の西側に、東急多摩川線と池上線の踏切が連続する所がある。駅に近いので、頻繁に遮断機が降り、しばし停車させられていた。

 路傍に公園があり、雲梯で遊ぶ子供はいなかったが、散歩の途中なのか、初老の男の懸垂をする姿があった。一度目は軽々と上がったが、三度目を失敗すると、肩で息をしながら線路沿いを歩き、やがて姿を消した。

 だが、姿を消したのではなく、隠れてしまった、と言ったほうが正しいかもしれない。それは、人より高く伸びた背高泡立草のためである。電車が通るたびに揺らめく花を見ていると、故郷の野山が思い出された。

 山裾までの、野原一面を埋める黄色い花は荘厳で、風のこしらえる黄金の波は、海原のようだった。金粉のように舞う花粉は、砕ける波頭を真似てしぶきを上げ、空に昇って行くのである。青い空が黄色と混ざり緑を為したとき、天と地が溶け合うのを垣間見たのだった。青い雲は興奮して流れを早めると、山を越えて稜線の裏へ急いで行った。
 
   青雲と泡立草の波やまず

 そんな句を思い出して目を開けると、ちょうど遮断機が上がったところだった。
 都会では都会なりの句をなせるが、句材は限られてしまうのかもしれない。今度、地方へ吟行にでも行ってみようか、そんなことが、脳裡をよぎったのだった。

(新暦十月十九日 旧暦九月三日 寒露の節気 蟋蟀在戸【きりぎりすとにあり】候)

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