暮瀬堂日記〜飛魚
飛魚の切身を目にして、レジスターにスキャンされる刹那、二十有余年前の記憶がよみがえった。
私は庄内地方(山形県鶴岡市)で理容師の修行をしていたのだが(理容師は都合17年続けた)、その際、理容店の慰安旅行で訪れた佐渡への情景が思い出された。
古今の詩人への憧憬ばかりがつのり、ハサミを開閉する日々に悶々とし、ランボーの詩「永遠」に恍惚としては、己れの詩作の拙さに頬を赤らめていた。
そんな折、島とは思えぬ巨大な佐渡が迫りくる中、刀のような閃光に威嚇されたのだった。それは、空っぽになった私の心を刻んでゆく飛魚であった。
内陸育ちの私は、「詩は稜線がめくれ上がった所から生まれるものだ」と思っていたが、「水平線の歪みも詩の一部かもしれない」と思い、
飛魚よ今度は空を突き抜けろ
かようの一句を得たのだった。
ノスタルジーと言うのを、何となく分かって来たこの頃である。
(新暦九月五日 旧暦七月十八日 処暑の節気 禾乃登【こくものすなわちみのる】候)
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