我が妻との闘争2024〜初詣〜
今年は元旦から仕事で、三が日は出勤であった。四日、やっと俺の正月がやってきた。
「あんた、四日はどないするんや?」
「午前中、初詣に行きたい。そしておみくじを引きたい」
今年は学習した。昨年は確か、昼過ぎまでダラダラと寝間着のままで、それもこれも全ての原因は残業で疲れ切っていたせいなのであるが、嫁さんがぶち切れて明けた正月であった。
その反省を活かし、大きく成長した今年は、寒くて足にサブイボを出しながらでも寝間着を脱ぎ去り、颯爽と外出着に着替えたのであった。
その様子を見た嫁さんの機嫌は、一気に良くなった。
「アンタ、今年は喧嘩せんとおろうか」
よほどテキパキと動く私が嬉しかったのか、そんな荒唐無稽なことを言い出す始末であった。
車に乗って駅前を目指した。姫路の空は、一月とは思えないほど陽気な天気であった。
「駅前は駐車料金が高いからな、考えて停めるんやで」
大手前通りの手前を曲がり、西二階町通り、魚町の通りに入る。
徐行しながらパーキングの看板を見ると、見事にバラバラな料金体系であった。
最大金額一日千円、八百円、七百円。
「アンタ、初詣だけで千円はないからな。一番安いとこ停めるんやで!」
嫁さんは目を血走らせながら看板を睨みつけてた。
「あ、あ、あった、あそこ一日五百円や! 一台空いてる。あそこや!」
「この進行方向じゃ無理や。見えててもここは一方通行や。逆走になって警察捕まる」
地元の人間なら分かるだろうが、この魚町は一方通行地獄で、一回通り過ぎると、再びぐるりと大回りしてやり直さないと目的地に到達しない、初見殺しの道なのである。
私は大体の当たりを付けて、一旦大通りに出て、また一方通行の道に入った。
「この筋を曲がれば良かったかな?」
しかし、そこに五百円駐車場はなかった。一本向こうの筋だったようだ。
「アンタ、何しとんねん。また一周せなあかんやないの。その隙に一台埋まったらどないするんよ」
運転させておいて、隣で好き放題である。
「もうそこの一日七百円に停めようや」
「アカン、あそこの五百円に停めるんや!」
正月から何故ここまで大声を出す必要があるのか。穏やかに過ごせるのなら、その差額の二百円を私が出しても良いくらいの気持ちになっていた。
今年は喧嘩をしないでおこう、と言ったのは嫁さんの方であったが、こんな調子ではとても無理な話であった。
「ホラ、ホラ、もっとスピード出して、あの車の先に突っ込んで。もしかしたら五百円の駐車場に入ってしまうかもしれん!」
「そりゃっ」
慌てて車を先に進入させ、焦らされたおかげで、また同じところで間違って曲がってしまった。
「何してんねん。これさっき間違った道やないの。そこに見えてるのにまた一周せなあかんのかいな。アンタさっき何を見てたんや」
「オマエが焦らすからこんなことになるんや」
三が日で、ここまで騒がしく駅前をドライブする夫婦も居ないのではないか。
そうしてまた三分ほど無駄にして大通りに出て一周する。今度は間違えず目的の筋に進入でき、なんとか一台だけ空いていたスペースに停めることができた。
「やった、五百円のとこ、停めれた」
大騒ぎせずとも駐車できたのだ。そうなるとこっちは怒鳴られ損なだけである。
姫路駅から姫路城まで伸びる商店街、みゆき通りを歩く。店頭には正月飾り。街は賑わっていた。旅行先でシャッター商店街に出くわすこともあるが、姫路はどの店も元気である。世界遺産姫路城のお陰であろう。
商店街を抜け、一気に空が広くなった。青空が広がる大手前公園では、屋台が出ており、旨そうな匂いが漂ってきていた。
公園の端で人だかりが見えた。
「あっ、お猿さんがいる」
「わぁ、猿回しだ。こりゃ珍しい」
丁度見せ物が始まるところであった。
「見てみぃ、ワシが道を失敗したおかげで、ジャスト始まるところや。ワシは運持ってるねん」
「よくそこまでプラス思考でおれるもんやな」
言い争いを遮るように拍手が巻き起こった。
「あけましておめでとうございます。こちら、お猿のハルちゃんです」
お姉さんの横でハルちゃんは気をつけ、をしている。
「かわいい~」
嫁さんも食い入るように見ながら拍手をしていた。
「さて、では早速得意技をお見せしましょうね、ハルちゃん」
お姉さんが小さな竹馬を渡すと、お猿のハルちゃんは人間のように竹馬にのって歩き出した。首輪から紐が出ているので、お姉さんの周りを離れずにグルグルと回っている。
隣にいた小学生の男の子は初めて目にするのか、大きな拍手を送っていた。
「さぁ、その竹馬のまま、ハードルを飛び越えてみましょう」
ハルちゃんは竹馬であっても助走を付け、見事腰の高さはあるハードルを竹馬のまま飛び越えた。一段と大きな拍手が会場を包み込んだ。
「すごいし可愛い」
「上手いもんだな」
お姉さんは竹馬を受け取り、小道具である階段を二つ、セットした。
「次は大技でございます」
お姉さんは小道具の階段二つを引き離した。階段の間は五メートルは離れている。結構な距離だ。これを飛び越えるというのだろうか。
「さ、行ってみよう、ハルちゃん」
お姉さんのかけ声を合図に、ハルちゃんは階段を駆け上がり、ジャンプして離れた階段に両手で着地、なんとそのまま逆立ちしたまま階段をおりてしまった。
「うぉー」
巻き起こる歓声。ハルちゃんはそこでピンと気をつけ、をしている。
「はい、お集まりの皆様、このハルちゃんの頑張り、何か感じられましたら、その想いを是非形にしていただいて」
お姉さんは両手で長方形の形を宙に描いた。お札大のサイズである。
ギャラリーからどっと笑いが起こった。ハルちゃんはカゴを持って、最前列の客席の前に置いた。
小学生は余程感動したのだろう。貰ったお年玉であろうか、財布から千円を抜き取り、ハルちゃんの前にあるカゴに投げ入れた。それをきっかけにして、大人たちもどんどん投げ入れていった。小学生が千円なら大人が小銭を出すわけにはいかない、という空気になり、カゴは札の方が目立っていた。
お姉さんの言い方は全然いやらしくなかった。これは『お金ください』と言ってもいいだろう。ハルちゃんの芸も見事だったし、ハルちゃんもご飯を食べていかなければならない。
正月から健全な姿を見た。頑張った者に対して、周りが評価する。
私ももっと、自分のやったことに対して、照れずに堂々と『電子書籍頑張って作ったので、皆さん買ってください』と言った方が良いのではないか、みたいなことを考えたりした。
「私、ハルちゃんに千円あげよ。アンタ、その手はなんや。もしかして五百円か?」
ベースアップ無しの万年小遣い二万円地獄車生活の身である。千円の放出は死活問題に近い。それもこれも、オマエが家計を雁字搦めにして、カツカツの状態でオレを縛り付けるから五百円しか余力がないのだ。
私は申し訳ない感じで五百円をカゴに投げ入れた
「お正月から猿回しを見ると、縁起が良いようで」
お姉さんの声が、カゴの大入りのせいか弾んでいる。
最前列で見ていた私たち、嫁さんの前にお姉さん、私の前にハルちゃん、なんだか暗示的な対称を描いていた。そこで気をつけしているハルちゃんと目が合った、ような気がした。いや、気をつけをしたまま、顔は確実にこちらを向いている。その目は、私に何かを訴えかけているような目であった。
『あんさん私に似てまんな。隣の女の人に首輪されて、人生回されてまんな』
とでも言いたげに見えたのである。
〜了〜
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