英雄
※イグBFC4参加作品
両親が離婚し、母方の祖父母の家に置き去りにされた兄弟。兄(中二)弟(小六)は、貧しい暮らしの中でも絶えず夢と希望を持ち続けていた。
人生を変えたい。兄は祖母から貰う少ない小遣いで宝くじを買った。神はそんな兄弟に一等の高額当選を与えたもうた。
「兄ちゃん、プレステ5とスイッチが欲しい」
高額当選をただ使うだけでどうする。俺たちは人生を逆転させるのだ。これからは友達の家に行き、ペコペコ頭を下げて最新ゲームをプレイさせて貰うようなひもじい思いとはおさらばするのだ。
兄は弟を抱きしめながら熱く語った。俺たちは英雄になるのだ。
火事のニュースを見てみろ。消防車が木造家屋に放水するシーン、ナレーターは『火は三時間後に無事消し止められました』遅い、遅すぎる。そんなペースでは家は全部焼けるし、中に取り残された人も死んでしまう。
兄は目を輝かせながら弟に語った。三億円で人が乗れるドローンを作り、渋滞の無い空を飛んで現場に急行するのだ。そして消火活動を動画配信して、収益を得る。消防よりも早く消火活動をする様は絶対にバズる。
「兄ちゃん、僕たちは就職しないで済むんだね」
そうだ、俺たちは英雄として食っていくのだ。弟は最初、ドローンに水のタンクを積んでてっきり空から放水するものとばかり思っていた。
阿呆め。だから勉強はしておけというのだ弟よ。理科の実験で習ったであろう。火のついた蝋燭にコップを被せたらどうなった。二酸化炭素が充満して火が消えたであろう。二酸化炭素は火を一瞬で消すのだ。悠長に放水して火を消している場合ではない。ドローンにドライアイスのカチ割りを詰めた爆弾を搭載して現地に向かうのだ。
兄はネットで検索し、田畑に農薬を散布するドローンを製作している会社へ金にモノを言わせ、子供が一人乗れて簡単な操作で操縦できる大型ドローンを作らせた。
同時に町工場でプラスチック製のドライアイスのカチ割りを詰め込んだ消火爆弾も製造した。兄が操縦の練習をしている間、弟は動画撮影と編集の勉強をした。
兄が ♯火事 で検索すると〜三丁目の老夫婦が住む木造家屋の一階から出火、やばたにえん〜というポストが目に飛び込んだ。
三丁目といえば近所ではないか。初出動である。弟はライブ配信のボタンを押した。この日の為に業者に依頼したテーマソング、国際救助隊のテーマを微妙に節回しや音程の一部を変えた、著作権グレーゾーンギリギリのBGMが気分を盛り上げた。
兄はヘルメットを被り、大型ドローンの真ん中に設置された操縦席に乗り込んだ。機体の数カ所にカメラを搭載してあり、地上で撮影する弟のスマホの視点と、空からの視点を兄が自在に切り替えた。
動画のサムネイルに〜三億円で消火ドローンを作った。俺たちは世のため人のために生きていく〜という決意の言葉を刻み込んだ。
動画の最後に『宜しければチャンネル登録とグッドボタンをお願いします』というお願いを撮影していたが、そのシーンが来るまでに視聴者らは登録ボタンを押しまくっていた。ライブで空から火事を消す、というニュースは瞬時にバズった。
渋滞で前に進まない消防車の上を、兄の操縦するドローンが悠然と追い越していく。
『コイツらマジかよw』『カッコ良すぎ』
ドローンは燃え盛る家屋の上空に到達した。ライブカメラには逃げ遅れて二階の窓から必死に手を振る老夫婦の姿が映し出される。
『頼むおまいら!』『早く助けてあげて』
コメント欄はチャットさながらに増殖していった。
「兄ちゃん、今だ!」
「消火爆弾、投下ッ」
原爆型のドライアイス爆弾が燃え盛る家屋の屋根目掛けて投下された。熱で爆弾の外装が割れる。中から大量の高濃度ドライアイスのカケラがスプリンクラーの如く飛び散った。
火は見事、瞬時に消え去った。
『うわ、コイツらホントに消したよ』『英雄!』
と同時に、老夫婦の命の火も消えた。
二酸化炭素中毒で首元を掻きむしりながら意識を失い、瞬く間に窒息死したのだ。現場周辺を高濃度の二酸化炭素が包み込んだ。多くのギャラリーに混じり、最前列で撮影していた弟も呼吸困難に陥り絶命した。多くの見物客も同様であった。
屋根スレスレで滞空していた兄も、湧き上がる大量の二酸化炭素の膜に包まれ、意識朦朧となりそのまま庭へ墜落した。即死であった。
火は消し去ったが、二酸化炭素中毒で多くの人が死んでいくシーンをライブ撮影していた為、速攻でアカウントはBANされた。
結局兄弟は三億円を使い切り、動画配信で一銭も収入を得ることは出来なかった。
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