見出し画像

温かな46秒間の先

 
『私』。漢字1文字の曲名。


この曲はどのような場面で歌われているのだろう。

愛した人の目を見て、正面から想いを伝えているのだろうか。
いや、きっとこれは相手には伝えていない。


まるで、そう、「手紙」。
手紙を読み上げているような。

これは「手紙」。


この解釈を前提に、私なりのこの曲の解釈を綴っていく。



まず、少し長めの前奏。

46秒。
儚く優しいピアノの音色から入るこの46秒間。

なぜ前奏を長めに作ったのか、私にはまだ分からなかった。

けれど前奏を聴いている間、すごく切なくなって、少し心が温かくなった気がした。


「空は深く澄んでて息は白くて」

情景が浮かぶ。
冬の晴れた日。空を見上げている。

私は目を瞑って、美しい情景に自分を溶け込ませた。


「私は昔から涙脆くて貴方はその度に側で笑っていた」

「二人だけの帰り道」

「弱さを知れた夜」


貴方がそばにいた瞬間を思い出して、微笑む。

けれどもう、届かない。
戻れないことも分かっている。

でも、言わせて欲しい。

今にも消え入りそうな、切ない声であの人は歌う。



「今更だけど」

「あの時、私は貴方のことが好きでした」


なんて、なんて真っ直ぐな言葉。

どんな言葉を使ったら自分の想いが届くのか考えて考えて、考えた結果

この真っ直ぐすぎる言葉に辿り着いたのだろうか。

それとも貴方に伝えたいと思った時、回りくどい言葉なんか出てこないほど

真っ直ぐに想っていたということなのだろうか。

そして、確かめるように
もう一度


「貴方が好きでした。」


ここの歌い方、どう表現したらいいのだろうか。

貴方には決して伝わらないように
けれど自分にはちゃんと聴こえるように

貴方への気持ちを包み隠しているような優しさを感じる。


そして過去形と、句点。

やはりこの曲は手紙なのだろうか。

けれど相手に渡すためのものではない。
自分の想いを全て過去にするための、手紙。


2番。
貴方との関係、雲行きが怪しくなっていく。


「壊れかけの自転車」

1番ではこれは貴方との思い出のひとつだったもの。

そして2番
「捨て方も分かった」

つまり、貴方との思い出の捨て方も分かってしまったということ。

分かってしまったからには、捨てていかなければいけない。

でも、いつか貴方と交わした言葉だけは
忘れずに私の中に留めておこうと思う。


「変わらずにいよう」

「これからもずっとここからの夕陽が綺麗であればこれからもずっと私は『私』を生きてゆける」


貴方は私のそばからいなくなるけれど
貴方と見た夕陽がこれからも綺麗ならば

それはつまり

貴方との思い出がこれからも綺麗ならば
私は変わらずに生きてゆける

ということ。

思い出の捨て方が分かった上で、それでも綺麗なまま持っていたい。

貴方を愛した私を、捨てたくない。

ここから声が、揺れる。


「花はまだ咲けずに」

なぜ咲いてくれないのだ、と訴えるかのように
力強い。


「私もまだ泣けずに」

ここで一変。
俯いているかのようにポツリと。

冒頭では
「私は昔から涙脆くて」
と言っていたのに

泣けない。


貴方がいなくなったことで私は変わってしまった。

変わらないと、貴方と交わしたのに。


「貴方へは届かずとも」

叫んでいるのか。
まるで「貴方に気づいて欲しい」とでもいうかのように。

本当は、貴方に伝えたかった。

そんな本心がここに一瞬
見えたような気がした。


でもそれは本当に一瞬で


「人はまた恋をする」

と歌うあの人は
どこか吹っ切れたように

諦めたように、歌う。


「あの時、私は貴方のことが好きでした」

「凍える冬には温かいその目が救いでした」


自分の心に聴かせるかのような歌い方。

壊れないように、汚れることのないように
優しく、大切に歌い上げる。

この2行で、この恋が自分にとってどんな恋だったのか分かってしまう。


「これから私は」

「私は『私』を生きてゆく」

この恋を無駄にすることなく

「私」を大切に、生きてゆく。


一通り聴いて、前奏が長く作られていた理由が
私の中にひとつ浮かんでいた。

あの46秒間は
「思い出すための時間」
だったのだ。


これを「手紙」と仮定したら
この手紙を書く前、読む前に

愛しい人との日々を思い出して
走馬灯のように頭に巡らせて
心の中を愛しい気持ちでいっぱいにする

そのための時間だったのだろう。

その時に思い浮かんだ情景が、曲の冒頭の部分だったのかもしれない。


もうひとつ

この「手紙」をどこに向かって語っているのか。

これはノアでこの曲を歌うあの人を見て直感した。


月、だ。


誰にも言えない。

でもせめて、満月になら話しても許されるのではないだろうか。

そんなふうに私は感じた。


私は言い表せない感情で胸をいっぱいにして泣いた。

自分の恋を思い出して。

あの人がどんな想いでこの曲を書いたのか想像して。


涙が止まらなかった。


こんなに真っ直ぐで切なくて
そして前向きな失恋ソング

私は初めて出逢った。


大森元貴

貴方の心を抱き締めたくなった。

どんなに切ない想いをしてきたらこんな曲が書けるのか

似たような恋をしてきたから分かるような

だからこそ私には想像も出来ないような


その想いを知っているのはこの世に1人だけでいいと
私は思う。


この曲を聴くと、切なさと温かさで
前奏から泣いてしまう。

いつか、泣かずに聴ける日が来るのだろうか。

私は、そんな日は来なくてもいい、とも思う。


あの前奏の温かさを感じている時間が

私は大好きだから。





いいなと思ったら応援しよう!