はじまり
はじめまして。
私が子ども絵画教室を始めたのが2013年3月。
早いものであれから8年が過ぎました。
noteを始めるにあたり、私がどのようにして絵画教室をすることになったのか振り返ってみたいと思います。
私は子どもの頃から絵を描くのが好きでした。授業中に教科書やノートにイラストを描いたり、学校から帰ってひたすら自作ストーリーの少女漫画を描いているような子でした。
その頃は福岡には漫画専門学校がなかったので、東京の学校に行きたかったのですが、親や学校の先生から「夢みたいなことばかり言っていないでちゃんと勉強しなさい」と言われ、かといって自分でその世界に飛び込むほどの勇気もなく、進路に悩みながらも一般大学に進学しました。そして卒業後は全くアートと関係のない事務の仕事に就きました。
しかし社会人になっても絵を描きたい気持ちが消えず、福岡市のカルチャースクールの油絵教室に通ったり、久留米市の石橋文化センターで時々開催されていた日曜画家教室に行って公園で油絵を描いたりしていました。その日曜画家教室で指導してくださっていた画家の先生に、もっと絵を学びたいと相談したところ、先生の画塾で絵を学ぶことになりました。これが20代半ば頃。この頃はとにかく油絵を描くのが楽しかったのを覚えています。
この頃の私の夢は、漫画家からイラストレーターへと変わっていました。
中学生時代から、やなせたかしさんの「詩とメルヘン」を愛読していて、その本に自分のイラストが掲載されるのを夢みていました。
イラストを学びたい気持ちで夜間のデザイン専門学校に通い始めました。入学してみるとイラストというよりはグラフィックデザインを学ぶのがメインだったのですが、好きなことばかり勉強するのは何て楽しいのだろうと感動しました。
学校卒業後はデザイン会社に転職しようと思いましたが、20代後半なのにデザイン経験がないこともあり、就職活動で落とされまくりました。そのうちにお金が尽きて仕方なく事務の仕事に就きました。
一旦あきらめたものの、好きなことを仕事にしたい気持ちは残ったままです。この頃はWEBデザイン全盛期だったこともあり、事務の仕事を辞めてWEBデザイン専門学校に通い出しました。我ながら迷走していますね…。その後フレキソ製版の版下を作る仕事に転職できた時は、やっと好きなことに近い仕事に就けたと思いました。
しかし、デザインを勉強したことはとても為になったのですが、クールでカッコいいデザインとか作れないし、洗練されたものも作れない。デザインに関わる仕事に就いたことで、皮肉にも自分のセンスのなさを思い知ることになりました。それが30代前半のことです。そこからまた事務の仕事に転職しました。振り返ると何という挫折の日々。
転職を繰り返している間も、20代半ばからずっと画家の先生のもとで洋画を学び続けていました。何事も続かなかった私が続けられた唯一のことが、洋画でした。途中油絵からアクリル画に転向したのですが、絵を描くことだけは続けていました。
さて、デザインが向いていないと感じた30代後半の私は、再び事務の仕事へ。そうこうしているうちに40代に突入。結局、好きなことは仕事にできないのかな…という思いもよぎる日々。
そんな時、長年学んでいる画家の先生から、そろそろ子どもに絵を教えてもいいよというお言葉を頂きました。
そこから絵画教室をすることを考え始めて、画家の先生の教室に見学に行ったり、体験会のチラシを作って知り合いに声をかけたりということを始めました。
一番最初の体験会は公民館で行いました。同級生が他の同級生に声をかけてくれたお陰で、お子さんが数人集まって無事開催することができました。本当にありがたかったです。
その後ブログで教室のことを綴っているうちに、少しずつ生徒さんが来てくれるようになり、いつの間にか絵の先生と呼ばれるようになっていました。まだ事務の仕事を続けながら、月に2回、土曜日だけ絵画教室をするスタイルでした。
長くなりました。
この続きはまた今度書きます。