「全ての遺憾を、一つの円に──ありがとう、サンダーボルトファンタジー。」

2025年2月15日、『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 最終章』台湾試写会後に書いた感想を日本語に訳した文章。


『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 最終章』台湾試写会を見終わって、思わず大号泣した。

もちろん感動して泣くところがいっぱいあった。でも冷静に考えて、そこまで泣くものはなかった。実際、エンドロールが流れる時まで、私は余韻に浸って涙してるぐらいだった。
でもエンドロールが終わって、劇場の明りが灯った瞬間、胸の中に何かがこみあげてきて、私は声を抑えられずに号泣した。

同行の友たちが、周りが引いてたって言ったが、実際私自身も泣きながら自分に引いた。
何でだろう。何泣いてんだろう。

多分、この十年間歩んできた旅を、本当に終わったことに泣いてるんだろう。
そして二期からずっと止まっていたままの私も、この数か月で三期から四期まで追い上げて、一緒に最終章を迎えることに。

虚淵さんがこの旅に用意した終点は、多分全員が全員受け入れる結末ではないと思う。
でも考えてみたら、一人一人のキャラクターたちにとって、最適な結末になる。そしてどう回収すればいいのか見えない伏線をすべてキレイに、一つの円に収まった。

旅の帰る場所は、立つ場所だ。
すべての因果が、始まりもなく、終わりもない。

十年間歩んできた長い旅道がここでピリオドを打った。そして私は、この数年間ずっと続きを見てなかったのは、この旅を終わってほしくなかったと思っていたからだと気づいた。
でも今は、本当に終わりを迎えた。その寂しさに、耐えられなかった。
だからあんなに泣いたんだろう。

ただ、その同時に、虚淵さんがこの最終章を通して、私たちにこう告げるようにも見える:
このすべてが、本当に終わりはしない。物語の中のキャラクターたちのように、実はみんなが同じ因果から抜け出し、全く違う人生を生きることができる。あるいはまた会えることを知り、どれだけの苦難を待っていると知っていながら、同じ輪廻に入ることを選ぶこともできる。
すべてが、選び次第だ。

もう一度十年前に戻ることができても、私は東離劍遊紀の世界に入ることを選ぶ。
遺憾はあるが、悔いはない。

2025年2月21日の上映に、一緒に見届けよう。
すべての始まりを。


いいなと思ったら応援しよう!