配置薬 (置き薬)
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2019/12/20 第549号
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【 配置薬 (置き薬)】
こんにちは。おくすりアドバイザーの井田です。
今回は日本独自の医薬品販売の形態、「配置薬」についての話です。
私の学生時代、昭和46年(1975)の夏休みに九州一周の一人旅を楽しみました。その折長崎から五島列島にまで足を伸ばし、奈良時代には遣唐使船も立ち寄ったことのある福江島の西端、玉之浦という漁村に一泊しました。
民宿近くの居酒屋に夜食事に行くと、驚いたことに同県の奈良の方と偶然一緒になりました。奈良県高取町の配置薬販売業に携わっている方で、しばらく五島列島に滞在し、日々旅館暮らしを続けながら村々のご家庭を廻っておられるとのことでした。
この時、置き薬という日本特有のお薬の販売方法が日本の隅々まで浸透していることや、配置員の方の日々の仕事の内容やそのご苦労譚をつぶさに聞くことが出来ました。
配置薬は富山、奈良、滋賀等で江戸時代より業として行われており、現在でも薬局、薬店の少ない地域等を中心に、今でいう「セルフメディケーション」の中で大切な役割を担ってきました。過疎の漁山村等だけではなく、逐次医薬品を買いに行く暇もない都会の多忙な商家やビジネス街等でも、重宝がられている存在です。
専門用語が羅列される理屈っぽい説明の新薬より「頭痛薬」、「健胃薬」といったふうに、簡単明瞭な名称が結構医薬品に対する親しみを与えているようで、根強い人気を持っています。
配置薬の特徴は今も昔も変わらず「先用後利」という商法で、必要な時に先に薬を使ってもらい、その代金は後で使った分だけ請求するといった内容です。
この日本独特の販売法である置き薬はいつごろから始まったものでしょうか?
全国配置薬協会の紹介文によりますと、江戸時代の元禄3年に富山の二代目藩主前田正甫が参勤交代で江戸城に登城したおり、福島の岩代三春城主・秋田河内守が腹痛を起こして苦しんでいることに遭遇し、自身の印籠から反魂丹を与えたところたちどころに平癒したということから、各地の大名たちは、それぞれの領地で反魂丹を広く販売してくれるよう生甫公に頼んだことが契機となり、今に続く富山の配置薬の始まりとなったとのことです。
奈良にも同じような歴史が背景にあります。山伏が各地を修行で行脚する時秘伝の薬を常に携えていたのですが、それを高取城植村藩主が参勤交代した折、各地の藩主にも紹介したことが契機になり、各地に大和の置き薬が浸透し、今日の奈良での配置販売業興隆の基が出来たようです。
配置人は、一昔前までは薬を詰めた柳行李を大きな風呂敷に包み、それを背に負って国内くまなく行脚しました。移動手段は今日のように単車やクルマではなく徒歩であり、一人奥深い山や谷を越えて旅をするときは、山賊等の出会いも時に想定しなくてはならず、懐や行李の底にお守りの小さな観音様を忍ばせ、旅の無事を祈りながら置き薬に勤しみました。
配置人は薬の情報だけではなく各地の様々な情報も携えてそれぞれの家庭を訪問したことから、貴重な情報媒体としても重宝がられたようです。
現代のクレジットとリースのシステムを一緒にしたような「先用後利」の販売法は何より人と人との信頼関係がベースであり、配置員は顧客とは一代限りのお付き合いではなく、その子、孫の代まで続けられるような信頼関係を日々培っていたようです。
配置員は各家庭それぞれのくすりの売上金を始め、家族の健康状態まで細かく記録し、今でいう個人情報満載の「得意帳(富山では懸場帳)」というデータベースを携え日々の営業に取り組んでいますが、担当を交代するとき等はとても大切な資料となるもので、かつてはその資料の貴重さから質草としても大変高く評価されたとのことです。
江戸時代以降、日本の風土に深く溶け込んだ販売員と顧客との人間関係を基本とする配置薬の商法ですが、明治維新以後の日本政府による和漢薬から西洋医学への全面的なシフト施策や昭和36年施行の国民皆保険による医療機関指向による売薬の需要減等、近現代に入り配置薬は様々な苦境に遭遇して来ました。その都度企業業努力によりそれら苦境を乗り越えてきた配置販売ですが、最近ではさらに医薬品のコストアップ、後継者不足や配置販売業者の経営基盤の弱化等の問題が浮き彫りになっています。
また今日の消費者保護の法整備が進む中で、配置薬は訪問販売に似たスタイルにも関わらす、特定商取引法の中のクーリングオフ等の適用を受けなかったことや新規顧客獲得の際のネガティブオプションの問題等が発生し、新規契約時や契約解除等における苦情が消費生活センター等に寄せられるケースも多々生じました。
これらの問題に関しましては漸次法の整備も進められ、2009年12月に改正特商法医薬品が施行され、配置販売薬も同法の適用を受けることになり、未使用薬のクーリングオフ制度の適用や過量販売に対する規制が行われることになりました。
日本においては医療環境の大きな変化の中で配置薬は厳しい対応を迫られているものの海外では今日、この日本独自の配置販売のシステムが高く評価され、アジア諸国を中心にこの販売法導入の動きが着実に広がっています。
タイやミャンマーでは2009年に保健相が採用を決定し、広い国土に医療機関が限られているモンゴル政府も採用の検討を積極的に進めているようです。
日本の厚生行政からは医療費削減施策の中で、より一層の普及が期待されている「セルフメディケーション」の一端を担う立場から、伝統と経験、それに人と人との信頼関係に裏打ちされたさらなる配置薬の役割は、消費者が医療、医薬品に対する知識、情報が豊富になった今日でも日常の健康管理に大きな期待を担っています。
明日香方面を探索される折、近くの薬の町高取町まで足を伸ばしていただければと思います。高取町観光案内所「夢想館」の中に「くすり資料館」があり、興味ある資料が展示されています。
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