「都会は上、田舎は下」という呪いが解けるかも?「じんわり幸せ」という軸で、地方を考えてみた。
2021年春。いまだ出口が見えない社会情勢です。
どんな未来になるのか混沌としていて、1年前に思い描いていた「ウィズコロナ」「アフターコロナ」の社会とはまた違う未来になるようにも感じていますが、今のところ私たちくらしアトリエが活動している島根県は、良くも悪くも島根のままで、社会が革新的に変わった!という雰囲気はほとんどありません。
島根県は超高齢県にもかかわらず、新型コロナウイルス感染症による死者はゼロ、累計の感染者数も全国で一番少なく、数値上は「日本国内で最も新型コロナウイルス感染症から遠い都道府県」という位置づけです(4月16日現在)。
国内で順位付けをするのもあまり意味がない、と思いつつ、これってやっぱりすごいことじゃないかと思うのですよね。
すなわち、「密になる場が少ない」「努力しなくても自然なディスタンスが保たれている」ということを表していて、それってコロナ以前の社会では、どちらかというとネガティブに捉えられていたことなのです。
「なんもない」「田舎」「新幹線走ってない」「エンタメに乏しい」…そんな、引け目に感じていた地方の弱点が、いますごく長所となっている。ある意味、島根にとってこれはすごく大きな変化だと思います。
このような状況下でいま一度「経済軸ではない軸で地方をとらえる」ということについて、考えてみたいと思います。
というのも、県をまたぐことがためらわれ、東京や大阪などの都市圏との境界が以前よりも高くなってしまっている今、「島根のなかで、幸せに暮らす」ということに目を向けることが再評価されていると思うからです。
そしてそのことが、今まで「都会が上で田舎は下」という概念にとらわれてきた地方の人びとにとって、呪いを解くきっかけにもなり得るのでは?と思うのです。
ネットさえあれば、少なくとも物質的には満たされるわけですし、だったら地方は地方のやり方で、違うベクトルで成長することを目指せばよい、そんな県が全国にひとつくらいあってもいいんじゃないかなあ、というのが、くらしアトリエが思う島根のあり方。
とかく「対東京」「対都会」という概念で物事を考えてしまいがちだった地方。
もちろん、経済的な指標で考えれば仕方のないことなのかもしれませんが、島根に暮らしていて感じることの多い「ああ、いいところだなあ」という
「じんわり幸せ感」
は、それとはまた違う指標ですよね。
この「じんわり幸せ感」をどう数値化できるんだろう、とよく考えるのですが、例えばブータンの「国民総幸福量」みたいに、県民に対して「心理的な豊かさ」を計るプロジェクトとか、やってほしいなあと思うわけです。
ブータンが公的に取り入れている「国民総幸福量(GNH)」には4つの大きな柱があるのだそうです。
1.公正で公平な社会経済の発達
2.文化的、精神的な遺産の保存、促進
3.環境保護
4.しっかりとした統治
私なりにこれを島根バージョンで(勝手に)解釈すると、
1…島根の周りだけで社会経済がある程度成り立ち、フェアでかつ持続可能である。
2…神話の時代から息づく島根の歴史、また、地域ごとに伝わる伝統文化をリスペクトし、守り、次世代へ受け継いでいく。
3…インフラや都市化が進んでも、島根の自然の恵みに感謝し、そこに生かされているということを心に置きながら暮らす。環境に配慮した第一次産業を発展させる。
4…県民が幸せな気持ちで暮らせるような方向付けをしてくれるリーダーがいる。
みたいな感じでしょうか。
さらに、国民幸福量を計るものとして「9つの指標」があります。
心理的幸福 / 時間の使い方とバランス / 文化の多様性 / 地域の活力 / 環境の多様性 / 良い統治 / 健康 / 教育 / 生活水準
ふむふむなるほど…これならかなり具体的に、物質的な豊かさだけではない「幸せ感」といったぼんやりしたものを数値化できそうですね。
個人的には「生活水準」という指標もちゃんと入っているのがいいなと思います。心から幸せを感じるにはある程度の生活水準が必要だと思うので、ここは逃げずに計ってみたいところです。大切なのは、「経済的な発展はありつつも、精神的な誇りや幸せを失わない」という軸を可視化すること。
計られた「幸福量」は、例えばどこか違う県と比べて「うちのほうが幸せだもんねー」と言ったりするためのものではないように思います。
なぜなら、豊かさの軸が「経済」というひとつで計ったものではないため、比較がしにくいからです。
例えば島根の豊かさと長野の豊かさは違うから、お互いに比べようもない。
そもそも、豊かさって人それぞれの思い方であって、比較するようなものでもないしね。
それよりも、「自分たちがもっと幸せであるためには、どうしたらいいか」と、県と県民が自ら考えるためにあるべきもの、だと言えます。
ブータンもそのように「国民総幸福量」を活用されているのではないでしょうか。
なので、ぜひ定期的にアンケートをとって、幸福度量的なものを計っていただきたい。誰に言ったらいいか分からないけど。ちなみにブータンでは2年に1度、1万人くらいを対象にした聞き取りが行われ、1人あたり5時間かけて面接するのだそうです。それくらいの本気度でやってもらいたいものです。本当に誰か調べてくれないかなあ…自分でやったらいいのかな。
もちろん、都市との交流は変わらず太く保ち続ける必要がありますし、その間で仕事をしている人もたくさんいるわけで、島根が安全だから、と言って「鎖国をせよ」とは思いませんし、「精神的な豊かさを追う=昔に戻る」的なことが言いたいわけではありません。
むしろ、地方であればあるほど未来志向の技術や思考が必要とされるし、都市部からの知識や人材も、今以上に求められるでしょう。
ロボットやIT技術を組み合わせることで、高齢化や人材不足といった地方固有の課題に風穴を開けることができたらいいのに…というのは、いつもスタッフ間で話していること。
「高齢先進県」「過疎先進県」と言われている島根にしかできないやり方で、お年寄りも子どもたちも、自然豊かな土地でストレスなく暮らせるような技術のイノベーションが起こせたら、めちゃくちゃ良い未来が描けそうだなあ、と(文系の頭ながらに)考えます。そのためにくらしアトリエが何か役立つことはできないかなあ、とも。
そんな、ある意味「理想の島根」に必要なのは、「どこの真似でもない、島根にしかできないやり方」で誇りや幸福を考えること、そして「島根で暮らしたい」「この地でチャレンジしたい」と思わせるような風土、つまり、県民が島根のことをもっと好きになり、ここっていいところだよ、おいでよ、と心から言えるようになる社会、という感じでしょうか。
…というようなことを、今日は午前中、自宅でいちごジャムを作りながら考えました。
昨日、家の近くにある小さなスーパーに行ったら、安来市産の小粒の紅ほっぺが「1パック258円、2パックで500円」で売っていたのです。
「田舎で小粒のいちごに出会ったら、即買い」は鉄則です。4パック買って、大きな鍋でジャムに。貯めていたジャム瓶(以前食べたものを保存して使いまわしています)に9個もできました!
いちごのへたを取りながら内容を整理し、ジャムを混ぜ、あく抜きをしながらまた考えて…という感じでコラムを考える、というのが、なかなか良いなあ、と思います。
考えてみれば、これも豊かさ。
近所に時々掘り出し物が出るフットワークの軽いスーパーがあること。地元産の果物でジャムが作れること。
仕事をしながらジャムを作るという働き方(いいかどうか分かりませんが…)。季節を感じる暮らし。
ああ、この感情を「幸福量」で数値化してほしい!
…「島根っていいな」と思うことが習慣づいているため、私ほどここの暮らしを幸せに感じている人も珍しいのかもしれません。
「こんなとこつまらんわ」と思っている人も、まだまだ多いのかもしれない。
でも、お金以外の価値、経済以外の軸でとらえたら、少し評価も変わるのでは…と思います。
どこかと比べるのではなく、自分たちでつかみ取る県の価値、構築する地方のあり方。少しずつでも、可視化していきたいですね。