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コントロード 第十四話「夢で逢えた日」

コンビになった僕たちツィンテルがお世話になることになったマセキ芸能社。

古くは浅草なんかの演芸やら興行を取り仕切っていた会社で、現在はウッチャンナンチャンを筆頭に多くの芸人が活躍するプロダクションだ。

ウッチャンナンチャンと言えば、僕の世代では紛れもなく大スターで、まだ幼かった頃にうっすらと記憶がある「お笑いスター誕生」などからメジャーになり、その後ダウンタウン、野沢直子、清水ミチコとの伝説の深夜番組「夢で逢えたら」、そして「誰かがやらねば!」「やるならやらねば!」などでずっと楽しませてもらった。

いつかはあのウッチャンナンチャンに会うこともできるのだろうか、そんなことを夢見ながら僕らは毎月の新ネタライブのためのネタ作りや先輩のライブのお手伝いという、若手芸人ならだれもが通る仕事をこなす日々に必死で慣れようとしていた。

とにかくすべてが初めてだった。

若手というには年を食っているが、芸人の世界は完全芸歴社会。年下の先輩たちに色々と教わり、ご飯をごちそうになり、ひとつひとつ覚えていった。


舞台袖で次のネタをやる芸人さんの名前をマイクで言うのを「がなり」と言うこと。

漫才師のために出すマイクは「サンパチマイク」ということ。

そのマイクはダミーであること。

暗転中マイクを出す時はコードのさばきに気を付けること。

袖からマイクで何かを言うことを「影マイク」ということ。

演劇でもやっていた本番前に諸々をチェックするための「場当たり」は芸人界ではとても短い時間で行われること。

照明が点いてから出てきて「ありがとうございました」でネタが終わるのを「明転飛び出し挨拶終わり」ということ。

先輩に会ったら「おはようございます」と挨拶をすること。

先輩にごちそうになったら次の日必ずお礼のメールを送ること。

飲み屋では先輩の飲み物が無くなる前に注文を取ること。

それも「自分はやってます」感を出さずになるべくスマートにやること。

でも舞台上のツッコミは敬語を使わないで失礼な方が良い場合もあること。

タバコは喫煙所以外で絶対に吸わないこと。

吸ったのがマネージャーにバレたらこっぴどく怒られること。

怒られた上に事務所ライブの手伝いをする「ペナルティ」が与えられること。

まるでヤ〇ザかというようなとても怖い偉い社員さんがいること。

その人にごちそうになったら次の日はメールではなく直接電話でお礼を伝えること。

急にマセキの会長から電話がかかってくる場合があること。

会長は大体何を言っているかわからないがとりあえず「はい、はい」と言っておけば良いこと。


後半はお笑いのことというより社会の常識やマセキあるあるになってしまったが、年がいっている僕らは先輩たちにとっても少し扱いづらかったんじゃないだろうか。大変感謝している。

そんなこんなでマセキで芸人を始めて2,3か月目。

この日は新宿Fu‐という100人も入らないような小さな劇場で先輩たちが主のライブの途中の1分ネタコーナーで出演させてもらえることになっていた。

この日のライブでは準備中に途中からマセキのスタッフさんや先輩芸人たちが妙にせわしなく電話をしたり焦ったりしていて、なにやらゲストが入るだとかよくわからない話をしていた。

ライブが始まり、先輩たちが舞台にほとんど行ってしまって楽屋には僕らと、当時若手のネタをよく見に来てくれていた作家の内村宏幸先生の3人だけになった。

内村宏幸先生はウンナンの内村さんの実の従兄で、それこそ前述のウンナンの番組はもちろん「ひょうきん族」や「ごっつええ感じ」なんかもやっていた超大物ベテラン構成作家で、そんなすごい先生に入ったばかりの僕らがたまにネタを見てもらえるのは大変幸運だった。

僕自身はそう思わないし、もちろんその足元にもてんで及ばないのだが、僕は中学の時からたまに「ウッチャンに似てるね」と言われていて、マセキに入ってからも数人の芸人に言われたりしていて、最終的に実の従兄の内村先生にさえ言われたことがあるので、どこか似ているんだと思う。


ネタあわせをしていると楽屋のドアが開いた。


「ういっすー」


一人でやってきた、なにやら内村先生と親しげに話すその人が、先ほどスタッフ陣がバタついていた原因のゲストの方なんだろうか。


チラと顔を見て驚愕した。



ウッチャンだった。


見紛うことなきウッチャンナンチャンの内村光良さんである。


ジャッキー・チェンのパロディをやっていた、満腹ふとるの、マモーの、ウッチャンだ!


本物だ!


なんでも内村さんは、当時レギュラー放送でやっていた「ウンナン極限ネタバトル! ザ・イロモネア 笑わせたら100万円」に特別枠でネタ出演することになりそのネタ調整のためにこのマセキの若手ライブにサプライズゲストとして出演し実際に客前でネタをやりに来たのだという。

ちなみにこういうことはこの後にも何度かあって、時には本当にペーペーの芸人しか出ないライブでも内村さんがご自分のネタ調整のために飛び入り参加することはあった。その時に来ていたお客さんはとんでもなくラッキーだ。

焦りながらもまずはセティが教わった挨拶をする。

「あ、あの、せ、先々月からマセキ芸能社にお世話になることになりました、ツィンテルと申します!」

続けて僕も。

「ま、ます!」


セティと二人で大緊張の中なんとか挨拶をした。

「お、うん、うん、そう」

ウッチャンだー!

なんか、リアクションも、ウッチャンだー!

当たり前だけど。

内村先生が言った。

「彼ら、結構面白いんだよ」

ウッチャンが言った。

「へー、そうなんだ」

新宿の小汚い劇場の楽屋にウッチャンと内村先生と、セティと僕。

お笑いを初めて3か月目の僕らが、ウンナンの内村さんに面白い若手と大作家から紹介されている。

そしてウッチャンとツィンテルが同じように小さな楽屋でネタあわせをしている。

一体なんなんだ、この空間は。

夢だ。夢に違いない。


内村さんは、その後舞台でネタをやり、もちろん大爆笑を取って、エンディングでも僕らは同じ板の上に立ち、帰っていった。

こんなに早く出会えたことにも感動したが、あんなに大御所になっても人前でネタをやるためにこの小さな劇場にネタをやりに来てお客さんの反応を見て改良を重ねる姿勢にこそ感動し気が引き締まった。お笑いは甘いもんじゃないのだ。


「セティ」

「うん」

「新ネタ作ろう」

「だな」


(第十五話につづく)


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