コントロード 第五十六話「恵比寿の恋の物語」
内村さんの舞台を手伝わせてもらって、初めて解散を意識するほどずっと抑えていたお芝居への熱い想いに気づかされてしまった僕。
そんな僕が五年ほど前までやっていた「ツィンテル」というお笑いコンビの結成から解散までを、事実7割、創作3割の割合で書いているのがこの「コントロード」だ。
最初の方にも言ったが、このタイトルは僕の愛読書である藤子不二雄Ⓐ先生のマンガ「まんが道」から来ている。事実7割創作3割というのも「まんが道」の解説かなにかで先生が言っていたことだ。「まんが」を「コント」に置き換えて、「道」を「ロード」に置き換えたので「コントロード」というわけ。
さて、この「まんが道」では明らかにⒶ先生を模している人物を「満賀道雄」というキャラクターが演じているのだが、マンガについてはもちろんのこと、随分と私生活についての描写も多い。ほんの淡い恋心を抱いた女性について結構な尺が使われているようなこともある。ウブで不器用な道雄がたまらなく愛おしかったりする。
元ネタがそんな構成になっている以上、この「コントロード」でもそんなことに触れないわけにはいかないだろう。
前述の内村さんの舞台のお手伝いでは、僕らマセキの若手芸人と同じアンサンブル(メインキャストではない出演者)に所属女優さんの事務所の関係やらオーディションやらで若手のモデルさんや女優さんの卵の子たちが7、8人入っていた。
若手のモデルや女優さんだから、みんな若くてキレイでギラついていて、同じ立場の僕らなんかにはほとんど目もくれない。それでも僕たちはお笑い芸人なので、笑いをとって勝負するわけだ。ちょっとした会話の中でひと笑い取れればしめたもので、そうやって芸人は女性をオトして行く。
その点僕の場合はそううまく行かない。
今回で言うと僕は内村さんの代役に全身全霊を捧げていたので、そういった女性陣とお話しすることはほとんどなかったし、元来役者寄りの芸人なので、ネタ以外の平場は不得意なツィンテルの中でも、とりわけ僕はフリートークが苦手である。調子の良いことを言って初対面の女の子を笑わせるというのは僕はほとんどできないのだ。
そんな時三四郎の相田なんかと一緒に飲みに行くと、そこに女性がいた場合、僕がうまく立ち振る舞えないのを知っているので、それを上手に笑いに変えてくれる。するとなんだかそれなりに僕も面白いように見えるからありがたい限りである。
忙しくて当時はお話しすることもほとんどなかったのだが、この舞台のアンサンブルだった女性の中に好みのタイプの女の子がいた。
僕の好みのタイプというのは小学生の頃からずっと大ファンである宮沢りえさんや、深津絵里さん、モデルのりょうさん、「笑う犬」にも出ていた遠山景織子さんのような、つり目で色白の痩せ型で、どちらかといえば長身な女性である。長身と言っても僕は158センチしかないので、170以上はさすがに隣を歩くだけでも惨めさに耐えられないかもしれないが。
その子もモデルをやっている子で、つり目でキレイな顔をした大きめの女の子だった。
舞台が終わって少し経ってから、そういえばキャスト数人で話した時にそれぞれ連絡先を交換したことがあって、その時に彼女もいたのを思い出した。
勇気を出して連絡してみると思いのほか良い感じに事が進んで、ご飯を食べに行くことになった。
そりゃあ有難いし嬉しかったが。
こういう時、美味しいお店を知らない貧乏な、僕のような男は非常に困る。
彼女はきれいなモデルさんだ。
男性からはモテるだろうし、きっと良いお店にも沢山連れて行ってもらっているだろう。
どうする。
ただ、僕は貧乏なわりには良いお店に行ったことは多い方だ。
なぜなら僕がお世話になっているディレクターさんやプロデューサーさんは大抵美食家だからだ。ご飯に連れて行ってもらうととんでもない肉だったり寿司だったりをご馳走になることがある。
しかし、それは無理だ。
彼らの連れて行ってくれた店に自力で行く力はない。
そもそもいきなり肉だとか寿司ってなんかちょっと違うだろう。
そうだ。
こんな時は。
イタリアンだ。
イタリアンなら間違いない。
モデルさんはイタリアンが好きに決まってる。
ブルスケッタとバーニャカウダが好きじゃないモデルなんてこの世にいない。
値段も少し無理をすればギリギリ奢れるだろう。
しかし、場所はどうする。
池袋は彼女の家からだと便が悪い。
渋谷新宿はうるさすぎるだろう。
しかし、銀座や西麻布なんかに僕が行けるわけがない。
そうだ。
こんな時は。
恵比寿だ。
ここ20年ほどで栄えた恵比寿はそれほど敷居が高くない。
それでいてどこかお洒落で大人な感じがある。
モデルさんは恵比寿が好きに決まってる。
そんな偏見に満ちた考えで、僕は
「恵比寿の有機野菜を使ったイタリアン」という、100%モデルウケするであろうお店をチョイスして待ち合わせた。
お店では相変わらず緊張して彼女をたくさん笑わせることはできなかったように思う。
本家「まんが道」の満賀道雄なら胸からハートが飛び出て「ギニャー」と叫んで逃げだしそうなくらいだ。
だが僕は道雄とは違っておじさんだ。そうなるわけにはいかない。
しかし今回は相田はいない。
一人でそれなりに頑張って、せめて嫌な気持にだけはさせまいと話をしたり、聞いたりして、なんとかその場を取り繕った。
こういう時は恋愛の話だ。
女の子は恋愛の話さえしていれば満足してくれる。
僕の偏見がまた口を滑らせた。
「どんな人が好みなの?」
なんの面白みも無い質問だが無言でいるよりはマシだ。
彼女はこう言った。
「昔は顔も良くて背も高い人が良いなと思ってたけど今は全然そういうの気にしなくなった」
これは!
明らかに158センチの僕に気を遣った発言じゃないか!?
少なくとも僕に悪い印象は持ってないということだろう。
「……そうなんだ。可愛いんだから高望みしたって良いのに」
彼女を褒め、冷静を装ってこう言った。
「ホントに全然気にしないんですそういうの」
「えーもったいない」
「気が合えばって感じで」
気が合えば!
気を合わせるんだ!ボク!
これは……無くはない! はずだ!
「ホントに気にしない。ただ、ハゲてさえいなければ全然」
「そっかぁ」
「ハゲだけはダメなんです、私」
「そりゃそうだよね。ハゲはダメだよ」
……。
僕パッと見ではわからないけど、舞台上でめっちゃハゲいじりされてるんだよ。
前に女の子を先にエスカレーターに乗せたことを紳士だと喜んでくれた子がいたけれど、それは頭頂部を見られたくないだけなんだよ。
淡い恋を書き綴った僕は、
先日、
ついに毛生え薬を購入しました。
(第五十七話につづく)
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