コントロード 第二十四話「最低で最高の夜~マシンガンズ西堀さんの話~」
家のことで色々とあったが、僕はなんとか芸人を続けることにした。
段々と芸人が板についてきた僕らツィンテルだが、そう簡単にうまくゆかないのがお笑いの世界である。
この頃の若手が出られる主なネタ番組と言えば、
「爆笑オンエアバトル」「エンタの神様」「おもしろ荘」「爆笑レッドカーペット」「あらびき団」「お願い!ランキング」その他各種番組のネタコーナーぐらいだろうか。
その中でも事務所内でのポジションによっては定期的に挑戦できるのがNHKの「爆笑オンエアバトル」通称「オンバト」である。
以前の初挑戦で初オンエアを勝ち取り、その後できたダジャレネタで見事に2連勝を飾った僕らだったが、その次に嘉山マネージャーからの指令でもう一度ダジャレネタの別バージョンで行った時は無残に敗退した。
オンバトの観覧客はそう甘くない。同じパッケージは受け入れられないのだ。
ネタのチョイスというのは誰に何を言われようとどれだけ結果を出せていなかろうと自分たちでこだわった方が良い。芸人にしかわからない空気と言うものがある。
「オンバト」では残念ながら6位以下のオフエア組(投票の結果、ネタが放送されない芸人)になると「敗者コメント」という形で番組の最後に少しだけ反省点を述べることでテレビに出ることができる。しかしこの「敗者コメント」の収録は演出上絶対にボケ禁止で、真面目に反省点を述べなければいけない。芸人にとっては屈辱以外の何物でもない。
ただこの時のオフエアはあきらめがついた。
嘉山さんのせいだからだ。
だがその次からはそうはいかない。
ちなみに「オンバト」の収録に嘉山さんが来れなかった時は、メールで結果を知らせなくてはいけない。オフエアの時はこれがまた憂鬱なんだ。
またメールの文面に「次頑張ります」とか「今度は必ず」などと使うと怒られた。「簡単に次があると思うなよ」というのが嘉山マネージャーの教えだったからだ。僕らはたまたま言ったことはなかったが言ってしまいそうになる気持ちはわかる。負けて屈辱の敗者コメントを撮った上にメールでも怒られたらたまったもんじゃない。ちょっとはこっちの気持ちも考えてくれってんだ。まあ嘉山さんが推してくれていたおかげで僕らは「オンバト」に挑戦できたわけだけど。
次に与えられた4度目のオンエアチャンスは僕らにとって初めての地方大会だった。
「オンバト」は全国的なお笑い番組なので地方にもたくさんのファンがいるため、定期的に地方大会が行われる。
僕らが挑戦する機会を与えられたのは滋賀県での大会だった。
地方大会は東京で毎日のようにお笑いライブに通っているお客さんと違って客層が少し異なる。ネタ選びに関しては普段のライブでやっている中でもベタ寄りのものが好まれる傾向がある。いわゆる「一周回って面白い」という捻ったネタは評価されない傾向にある。だがこの時が初めての地方の僕らはそんなことは知る由もない。
なんとしてもオンエアを勝ち取りたい。
当時やっていた中からウケの良かった、ミュージシャンを目指す二人が上京する時に至る所で方向性が合わなかったり、余計な所でめちゃくちゃ合ってしまうという僕らのネタの中では多少トリッキーなストーリーコントを持って行った。
ネタの最中からダメだとわかった。
まったくウケなかった。
投票の時に転がってくるボールの少なさも桁違いだった。
収録の最後に計量の時間があって、慣れてくるとボールの入ったバケツを持っただけで大体のキロバトルがわかるのだが(僕はバケツを持つ担当だった)、そんなことをせずともオフエアはもう明白だった。
525キロバトルがたしか満点で、オンエアされるには最低でも300台後半は稼がなくてはいけない中、僕たちは197キロバトルのダントツ最下位だった。
参った。
今回は嘉山さんのせいにできない。
オンバトの最下位はダメージがでかい。
楽屋に戻っても落ち込んでいた。
収録が終わってホテルのある京都にバスで向かおうとすると、背後から、とある先輩が声をかけてくれた。
「おい、ツィンテル! 飲みに行くぞ!」
つぶらな瞳のわりにガラの悪そうな風貌と声。
マシンガンズの西堀さんだった。
マシンガンズさんは太田プロの10年選手で、当時金髪の、今や日本一有名な清掃員・滝沢さんと、西堀さんからなる「二人ともツッコミ」という独自の漫才で人気だった大先輩だった。
マシンガンズさんとはそれまでライブでも1,2回ご一緒したことがあるかどうかで、まともに話したことすらなかった。そんな西堀さんがなぜ僕らなんかを誘ってくれるんだろう。不思議に思ったが先輩からのお誘いだし、僕らとしてもこのまま眠れそうにはなかったので遠慮なくご一緒させてもらうことにした。
他のメンバーはホリプロコムのななめ45°の下池さんや土谷さん、浅井企画のオテンキさんなんかもいらっしゃって、僕らは誰一人として飲んだことがある方はいなかった。
「なんで誘ってくれたんですか?」
西堀さんにそう聞くと、
「だってよぉ、お前ら楽屋帰って来た時、すごい顔してたんだよぉ!」
笑いながらそう言った。
「これは飲みに誘ってやんなきゃと思ってよぉ!」
嬉しかった。
ホテルに着き、1階のロビーで30分後に集合となって、僕は身支度を早めに済ませ、先輩方をお待たせしないように15分前にはロビー近くの喫煙所で座ってタバコを吸っていた。
すると、早めに降りてきた西堀さんがやってきて
「おぉ、早えな」
と僕の隣に座った。
「今日、残念だったなぁ!」
「そうっすねえ……」
「まあな、でもそういう時もあっからよ!」
「……ですね」
「いや、ホントに楽屋帰って来た時のお前らの顔見せてやりたかったよ! 本当に自殺するんじゃねえかと思ったよ! ははははは!」
「いやあ、難しいっすねえ、お笑いって」
「難しいよぉ! ……でもよ、絶対前に進んでっからよ!」
「いやむしろ後退してますよ」
「そんなことねえよ。……だってよ、こうしてる間にもよ、家でゲームしてたり、ただただ酒飲んでる奴らだって山ほどいるんだぜ? そいつらに比べたらよ、お前らの方が断然良い経験して、絶対前に進んでんだよ。面白えから大丈夫だよ。最下位取ったって話もちょっと経てば笑える話になる。だから、大丈夫だよ!」
「……」
「あ、来た来た! じゃあ行くぞ! 飲もう!」
「……はい!」
その日は先輩たちとしこたま飲んだ。
全てを奢ってくれた先輩たちは、もう一軒! もう一軒! と言って、最終的になぜか京都のクラブで爆音の中みんなでテキーラのショットを何杯も飲みあって、気づくとクラブには泥酔した僕らツィンテルしか残っていなかった。どうやってホテルに帰ったかもよく覚えていない。
西堀さんのおかげで、ホテルへの帰路とともに今日の収録の嫌な思い出もすっかり忘れてしまった僕らは、また明日から頑張ろうと誓ったのだった。
(第二十五話につづく)
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