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刹那

包丁で手の甲を切った。

今日の昼休憩のことだ。事務所のキッチンで食器を洗う最中、セラミックの包丁は私の右手の人差し指の付け根付近を掠っていく。セラミックの切れ味は滑らかなものだった。

私の脳内は飛んでもない速さで廻っていた。

・そこまで痛くないんだよね。
・流水を当てようか。血を流してしまおう。
・左手で患部上を抑えよう。
・とにかく止血かな。血を止めなきゃ。
・少し大きな血管を切っているのかも。よし落ち着こうか。
・結構綺麗に切れるものだ。

こんな思いを行ったり来たり。冷静に冷静に。洗い場で1人、傷口を見つめる。
流水の冷たさは、さほど感じない。一瞬にして全てが停止したようだった。

「あの〜クラさん、ゲームしませんか〜」と後輩が声をかけてくる。
私は咄嗟に状況を説明し「行けたら行くわ」と言った。そんなことをしても血は止まらない。

「クラちゃん、洗い物お手伝いしましょうか?」と総務のお姉さんが声をかけてくる。
私は咄嗟に状況を説明し「あぁ、すみません。お願いしちゃっても良いですか」と言う。

流水から手を離し、キッチンペーパーを患部に当てて歩き出す。
一瞬にして世界が灰がかり、音の聞こえが悪くなる。頭がボーッとして、血が一気に体内を駆け巡っているような気分になる。
私はこの感覚を知っていた。

別室のソファに深く座り、頭をローテーブルに押し付ける。

自分が虚弱だった頃を思い出した。中、高はすぐに体調が悪くなって、よく保健室で寝ていた。良くも悪くもスヤスヤと眠っている奴だった。お腹も痛くなるし、運動なんて得意なわけがない。
ゴロゴロと横になる中で無差別に知識を吸収していった。そんな頃の自分。

いつの間に鳴っていた耳鳴りも止み、頭から血の気が引いたような感覚になって、天を仰ぐ。
ゆっくりと患部を動かし、まだまだ動かせることを確かめ、絆創膏を貼る。
少し滲んだ絆創膏を見て、「はぁ。まだ生きててよかった。」なんて思って昼休みを終えた。

# ちなみにこれを書いた今は、なんとか治ったようだよ。血。

いただいたサポートで本を買ったり、新しい体験をするための積み重ねにしていこうと思います。