倉敷市在住のペンスケッチ画家 ひらまつえりこ さんと、岡山市在住のイラストレーター juriさんによる「あわい」の表現
「あわい」とは2つの異なった世界が重なり交わるところです。
例えば、川が海に流れ込む河口は、淡水と海水が交じり合い、塩分濃度が薄い汽水域を形成します。この汽水域が「あわい」です。亜熱帯から熱帯にかけての汽水域は、マングローブと呼ばれる常緑樹が森を形成し、地球上で最も豊かな生態系のひとつになっています。
日本文化は、あわいの空間にあふれています。例えば日本家屋の「縁側」は「内」の空間と「外」の空間との「あわい」です。縁側では、住人が日光や外気を浴びながらリラックスして過ごし、また外の人との気楽な接客や交流にも利用され、多様な役割をもつ豊かな生活空間となっています。1)
時間変化にもあわいがあります。
日が暮れて夜に向かう夕暮れは,あわいの時間帯です。昼間の白色の光線が、茜色に変わり、赤紫から青紫へと刻々と変化し、そうして世界は夜に覆い隠されます。
ひらまつえりこさんは、この「あわい」の情景を描き切りました。
鞆の浦の港(広島県福山市)は、日が水平線に隠れたばかりなのでしょう。水平線には、まだ茜色の夕焼けが遺っています。雲は次第に赤紫から青紫に染まって行きます。
岸辺から桟橋にかけての空間は、真っ青に染まり、「ブルーモーメント*」の瞬間を迎えています。
この作品は、私たちが現実に生きている世界が、ニュートン力学でいう3次元の透明な容器(絶対空間)の中に、物が配列されているのではないことを教えています。
真実の世界は、モザイクがせめぎ合っている、豊かな「あわい」の場なのです。
juriさんは、天空が重なり合う世界として「天の川銀河」を描きました。
屹立する少女が向き合う「天の川銀河」は、赤紫と青紫の紫雲と白色の恒星が交じり合い、「あわい」の世界を暗示するように描かれています。
中国、韓国、日本、ベトナムなどのアジア圏の七夕伝説では、織姫と牽牛(彦星)は、天の川によって隔てられていますが、年に一度、七夕の夜に天の川を渡って逢うことができます。
つまり、天の川は、2つの世界を隔てる空間ではなく、往き来ができる「あわい」の空間として捉えられているのです。
juriさんは、そんな「天の川銀河」を、人の出会いの多様さと豊かさの象徴として表現しています。
ちなみに、英語で「天の川」は、the Milkey Way で、「道」と捉えられています。つまり通行するという特定の役割をもった、周囲から区別される独立した世界として捉えられています。
「あわい」をテーマに、私たちが体験している世界の本質を描出した、ひらまつさんとjuriさんは、ともに岡山出身です。お二人は、時代が交差する「あわい」の空間、「名曲喫茶 時の回廊」(倉敷市下津井)で出会っていたので、シンクロニシティにびっくりしました。
*ブルーモーメント
日没後のわずかな時間帯に、辺り一面が青い光に照らされて見える現象。青の瞬間。
時間が経つと青色は暗くなり、夜の暗闇に変わります。カシオのアウトドア用腕時計、PRO TREKシリーズは、自然現象をモチーフにデザインされたタイプがいくつかあります。「ブルーモーメント」というタイプは、文字盤が、この日没から夜に向かう「あわい」の時間帯の移ろいを表現しています。
1)安田登・著:別冊NHK100分de名著 集中講義 平家物語: こうして時代は転換した. NHK出版, 2022. P8-16