憑依した青~ブルーポピーの分身との出会い~
日本画家の堀 文子は「群れない、慣れない、頼らない」をモットーに生きた人です。そんな堀文子が愛した存在に、ブルーポピーがあります。ブルーポピーは、ヒマラヤの標高5000mの高地に咲く花です。1999年7月、80歳を過ぎた堀 文子は、ブルーポピーをひと目、己の目で見んと、ヒマラヤに向かいます。そして、冬は氷に閉ざされる標高5000mのガレ場(岩石がごろごろしている急斜面)に一株だけで咲いているブルーポピーにやっと遭遇します。
堀 文子 作「幻の花 ブルーポピー」(2001年)*
堀 文子は、その時のことを「この花の毅然とした生き方、よりかからず、媚びず、たった一人で己を律する姿勢に、私は共感した」と述べています。ブルーポピーは、今では日本の植物園でも見られるかもしれません。しかし、それは孤高の存在とは言えないので、堀 文子が見たものとは別物でしょう。
筆者は身近なところで、幻の花・ブルーポピーの分身に出会いました。画像は、霊峰・比叡山の麓にある小椋神社の鎮守の森で、樫の老木の根元で咲く一株のサツキです。
鎮守の森のサツキ
サツキは普通、日当たりのよい場所を好みますが、このサツキは木漏れ日がわずかにしか射さない森の片隅で生きています。森の生態系から推測すると、常緑広葉樹が世代交代しつつありますから、数百年生きてきた可能性があります。長年の風雪と微生物や虫の侵襲に耐えてきて、枝や葉はまばらになり、複雑な樹形をしています。花は少なく、花びらも痩せ細っています。人の手によってよく手入れされた庭園のサツキが、花が密生して咲き、花びらもふっくらしているのと対照的です。
庭園のサツキ
鎮守の森のサツキは、花びらが少し青みがかった色をしています。きれいな薄紫(例えば、ムラサキツユクサ)とは違う、まぶたの裏を刺してくるような侵害を感じる紫色です。
薄紫色のムラサキツユクサ
昆虫の目は人と違って、紫外線領域が主に見えます。ですから、受粉してくれる昆虫を引き寄せるには、紫外線領域の色が有効になります。おそらく、ヒマラヤのブルーポピーは、僅少の昆虫を引き寄せるために紫外線領域の色を放っていて、私たちはそのスのペクトルの端に位置する青色を見ているのです。
青色は、過酷な環境で孤高に生きる植物が、持てる能力を最大限に引き出して生きる、生存のすさまじさを垣間見せてくれる色なのです。鎮守の森のサツキも、常緑広葉樹の海に生きる孤高の存在です。その刺すような青味は、まさにヒマラヤのブルーポピーが憑依(ひょうい)した青と言えましょう。来年の初夏も、このサツキに逢いに行きます。
絵の画像、および、堀 文子の言葉は、「別冊太陽:堀文子 群れない、慣れない、頼らない」(2019年平凡社)より引用しました(絵の画像は、P102)。
(2019年6月29日)