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大滝詠一 A LONG VACATION

「A LONG VACATION」は、故・大滝詠一(1948ー2013) が、1981年にリリースしたアルバムです。当時、医学生だった私は、何気なく立ち寄った京都寺町商店街のミュージック・ショップで、偶然目に入ったアナログ・メディアを購入し、聞き込みました。私と同い年の家内も、兵庫県の大学に通っていた頃、周りの誰もが聞き入っていたとのことで、全国的な広がりがあったようです。その後CDもリリースされ、累計170万枚の大ヒットになったとのことです。私の持っていたアナログメデイアはいつしか失われてしまいましたが、CDショップで30周年記念のリマスタリング版が出ているのを目にして、懐かしさで再びアルバムを入手しました。

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A LONG VACATION 30th Edition(2011 CD)

amazonのミュージックコーナーの紹介文によれば、発売から今年で40年近く経って、故人の死後もまだ売れ続けている息の長い作品です。職場の若いスタッフに訊いても、このアルバムのことは誰も知りませんでしたが、曲を聴くと思い当たるかも知れません。

ところで、「A LONG VACATION」の LONG VACATION は、なぜ全部大文字なのでしょうか? 仮に固有名詞であるとしても、英語で固有名詞の単語は、最初の文字を大文字にしますから、Long Vacationとなるはずです。疑問が湧いてきたので調べてみました1)。

それによると、英語では、書き手がどうしても知ってもらいたいと願うときは、全部大文字で書くそうです。たとえば、「Kurashiki」は「倉敷市」を表す固有名詞ですが、「KURASHIKI」となると「旅館くらしき(RYOKAN KURASHIKI)」を意味します。だから、タイトルが全部大文字表記なのは、どうしても自分の作品を知ってもらいたいという、大滝詠一の願望が表されていると考えることができます。

さて、そんな LONG VACATION の前には不定冠詞の「a」が付いています。それがどうしてなのか?が、次の疑問です。中学校の授業で習った英語のルールのよれば、数えることができる物で、唯一無二の場合には、名詞の前に定冠詞「the」を付け、不特定・単数の場合には不定冠詞「a, an」を付ける、と習いました。

まず、The LONG VACATIONとなれば、大滝詠一とリスナーとの間で唯一無二であることのコンセンサスが前提となりますので、それは成立していません。では不特定なので、「a」を付けるにしても、vacation(休暇)は抽象名詞なので、数えることが出来ず、ルールに当てはまりません。中学校で習った理屈では、「a」を付けない、long vacation (LONG VACATION) が正しいことになります。ちなみに、アルバム・タイトルのかな表示は「ロング・バケーション」です。

さらに調べてみると、英語では、物や事を「目の前の一個」でなくて、「この世界の中に目に見えない全体があって、その中の一個」と発想します。そして、それがどのような一個なのかをこれから説明しますよ!  という話者の意図を、a+名詞、で表すのだそうです。ですから、例えば a pen とは、相手との間でまだコンセンサスが得られていないけれども、世界全体のpenの中で、話者が特別に思い描いている一本のpenですよ、ということになります。不定冠詞の「a」とは、表面的な一個の存在を表していているのではなくて、その奥には、相手に伝えたいという話者の思いが込められていたのです。したがって、「A LONG VACATION」とは、プロデューサーの大滝詠一が、リスナーにどうしても知ってもらいたい長期休暇の体験があって、これからアルバムの曲を通じて説明しますよ!  という意味だと理解できます。

アルバムの中で、直接、long vacation(長期休暇)に関係している曲は、3曲目の「カナリア諸島にて」のみですが、全体的にリラックスして、夏のけだるい感じが一貫して感じられます。キャッチコピーは、「BREEZEが心の中を通り抜ける」で、まさにそれを具現していました。

倉敷公民館(表題の画像)3階にある音楽図書室には、初回発売のLPレコードが所蔵されており、38年ぶりにアルバムの紙ジャケットとアナログの音に再会できました。

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A LONG VACATION (1981) LPレコードのジャケット
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LPレコードとレコード・プレーヤー(倉敷公民館・音楽図書室)

言葉は、話者が世界をどう見ているか、の世界観に基づいて発せられますが、学校では日本語の世界観のままで、英語(外国語)の表面的なルールだけを習ってきました。筆者は中学で英語を習い初めて以来、ずっと苦労してきましたが、英語の世界観、すなわち「英語のこころ」を知っていたら、英語の学習は、もっと好奇心をそそられる楽しいものだっただろうな・・と想像します。

かつて黒人への差別の撤廃を訴えたキング牧師が、ワシントン大行進(1963年)における集会で繰り返し述べた、「I  HAVE a DREAM that 〜」は、英語のこころ、すなわち、英語の話者の世界観を知っていれば、言葉が胸に迫ってくるものとなります。

追記
著述家でフランス文学者の 内田 樹 2)は、外国語の学習について、ただ文法規則や単語を丸暗記させるのは非効率で、言語の本質について本格的に学術的な説明をしたほうが学生達の理解は早いと述べています。
フランス語文法は、「フランス語話者達からは、世界はどう見えているか」を理解しようとしないと、理解できない。わずか10カ月の特訓で「中学の途中から英語がわからなくなった」という学生たちがフランス語の長文を読んで訳せるようになる。それをみると、彼らは別に語学力に問題があるわけじゃないことがわかる。だから、英語だって適切な教え方をすれば得意になっていたはずである、と述べています。

文献
1) 西村喜久:これがaとtheの謎の正体だ. 明日香出版. 1997, p9-79.
2) 内田 樹:そのうちなんとかなるだろう. マガジンハウス, 2019. p129-132.




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