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久保田寛子さんの絵画作品にみられた視線表現における日本的情緒の順守

久保田寛子さんは、山口県在住で、国内外において多くの賞を受賞した有力イラストレーターです。

画像は、久保田さんによるアクリル・ガッシュで描かれた人物画作品です。

久保田寛子・作 2020年 筆者・蔵

絵の中の人物がスマートフォンの画面を凝視しています。
筆者は、その強い眼差しに、既視感を覚えました。

それは、近代絵画の創始者、エドゥアール・マネ(1832~1883)が描いた、「オランピア」です。

エドゥアール・マネ・作 オリンピア 1) 1863年 オルセー美術館・蔵

そこでは、高級娼婦が、客から贈られた花束には目を向けず、まっすぐにこちらを見つめる、強い視線が描かれています2)。

マネが描いた、絵の鑑賞者に真っ直ぐに向けられる視線は、日本の絵画ではほとんど見られません。日本の人物画の巨星、竹久夢二(1884~1934)の作品では、人物は顔をこちらに向けていますが、視線をやわらかく、わずかに下方にそらしています。

竹久夢二・作品ポストカードより 版元のギャラリ-・メリーノの許可を得て掲載

一方、久保田さんの作品では、人物が強い視線をスマホ画面に向けています。さらに、自分の世界に没頭し、絵の鑑賞者に観られることを意識していない様子です。

久保田さんによる凝視の表現は、江戸期日本絵画の長澤蘆雪(ながさわ・ろせつ)に見ることができます(蘆雪は、江戸期絵画の巨匠・円山応挙の弟子でしたが、応挙を乗り越えて独自の画風を確立した人物です)。

解りやすいように、久保田さんの作品を回転させて、蘆雪の作品と並べてみます。

左:長澤蘆雪・作 呉美人図3)  東京国立博物館・蔵   右:久保田作品を90°回転させた像 

蘆雪による「呉美人図」では人物が、視線を巻物に向けて、巻物の世界に没頭しているのが描かれています。ただし、その眼差しは柔らかく描かれています。
久保田さんは、注視対象であるスマホ画面への強い視線を描きながらも、日本の情緒に従って、鑑賞者を見返す視線を描かなかったのでした。

絵には立体的な奥行き感があることで見る者との距離感が設けられ、見る側に他人の空間を覗いているような下品さを感じさせないようになっています。

作品は、オリエント山陽の榎本美恵さんによる額装により、さらに見る者との距離感が加えられました。

額装された作品

そうして、まるで時間も空間も離れた異世界を覗いているような浮遊感を覚えるようになりました。

画中に描かれた、スマートフォンとラジカセとの時代的な齟齬により、さらなる異世界感をかき立てられることで、作品はアートの重要な要素である非日常性を漏出させています。

さて、続いての久保田・作品では、両手に花の茎を抱えた人物が真っ直ぐこちらを見据えていまるのが描かれています。

久保田寛子・作 2023年 筆者・蔵

これも、マネ作品「笛を吹く少年」に通じる世界像をたたえています。

エドゥアール・マネ・作 笛を吹く少年 4) 1866年 オルセー美術館・蔵

久保田さんの絵の人物もマネの少年もこちらを真っ直ぐ見据えていますが、久保田さんの絵の人物をよく見ると、右目の瞳が外側を向いており、医学的に言うと「外斜視」になっています。そのことにより見る者との視線を外して、日本の情緒を守っているのが解ります。

作品は、オリエント山陽の榎本美恵さんにより、金属的な光沢を放つ正方形の額に納められ、左右の視線の非対称に伴う空間の揺らぎが止めらて安定することで、違和感なく人物の眼差しを見ることができるようになって、じっくりと味わいやすくなっています。

額装された作品


引用画像・文献
1)朝日新聞出版・編:マネへの招待. 朝日新聞出版, 2019,P55
2)高橋明也・著:もっと知りたい マネ 作品と生涯. 東京美術, 2019, P26-27
3)金子信久・著:もっと知りたい 長澤蘆雪 生涯と作品, 東京美術, 2019, p10
4)2)p28


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