見えない連係
画像は京都の銀閣寺近くにある「私設圖書館」の外観と館内の様子である。
今出川通りに面して、比較的人通りが多い場所にある二階建ての小さな木造家屋で、館内には、一階と二階とを合わせて40席余りのパーソナル・スペースが用意されている。図書も用意されているが、来訪者の多くは格安で利用できる自習室として利用している。受験や資格試験を目指している人、論文を書く人、仕事をする人、好きな本を読む人など様々である。年齢層も、小学生から、高校生、浪人、大学生、社会人や高齢者まで幅広い。
館内は、私語が厳禁なので、利用者同士が交流することはない。一方で、隣り合う席と席との間や、向かい合う席との間は、高さ40cmほどの擦りガラスで仕切られているが、隣の席の人の気配は伝わってくる。筆者は、自宅に書斎があるのだが、一人で度々、この私設圖書館を利用した。ここに来ると、孤独であっても一人ではない気がする。誰とも知り合いになることはないが、利用者の間で意識下の見えない連係があり、引き締まった場の雰囲気を作っている感じである。とにかく集中でき、思考が活性化するので、乗り越えないといけない課題があると、週末に大阪の自宅から1時間半をかけて通っていた。
次の画像は、「語らい座 大原本邸」として公開されている、重要文化財・旧大原家住宅の書院の間である。
かつて、大原孫三郎が孤独に構想をめぐらした空間である。この空間を構成する柱、床、天井、木戸は、重要文化財だが、畳や障子や壁塗りは、消耗品として適時、更新されている。掛け軸は、狩野芳崖・作「老梅」の複製品である。展示されている陶器は、倉敷出身の新進の若手陶芸家、岡本和敏氏の作品である。時代や由来や価値が異なる物品が同じ空間で、大原家の精神を伝えているのである。
この空間が、一般公開され、私たちは自由にこの空間に出入りし、間近に見て、触れることができる。通常は、文化財を劣化させるので禁じられている写真撮影も自由に許されている。公開に伴う改修で、オリジナルの空間とは多少違っているだろうが、新と旧との、あるいは、本物と複製品との見えない連係によって、私たちは大原家の精神を身近に生で感じることが出来るのである。
倉敷市立美術館は、倉敷出身の日本画家・池田遙邨(いけだ ようそん)より多数の作品の寄贈を受け、1983年に開館した。池田遙邨の作品は、入れ替わりで常設展示誰され、また度々企画展が開催されてきた。今回は、2019年7月13日〜9月1日まで、所蔵作品による池田遙邨・名作選が企画され、キュレーターによる選りすぐりの作品が展示されている。
その中で、1973年の作品「孤」には、星と灯台と小さな海産生物が、上下に、なだらかに弓状に並んで描かれている。星、灯台、小生物はそれぞれ孤立して存在している。しかし、そこには、疎外感ではなくて、何故か安心感・充足感が感じられる。世界に孤立して孤独に存在していて、互いに影響しない、星、灯台、小生物、の見えない連係が絶妙の構図と配置で表現されているからであろう。
精神の強靱な裏打ちは、直接的なやりとりのない、見えない連係の中にあった。
(2019年7月15日)
*「池田遙邨」画集ー倉敷市への寄贈作品ー.朝日新聞大阪本社企画部,1980年. 図版49