今年を振り返って。
2024年12月
今年も早いものであっという間に年末ムードだ。
ついこの前、今年はどういう1年にしようか、
なんて語っていたような。
歳を取るにつれ、時の流れが早くなるという
先人たちの言葉は、きっと嘘ではないのだろう。
今年の1月に、せっかくなら文字で何かを
綴りたいという単純な気持ちから始めたnote。
思った以上に「書く」というのが難しく、
何度も修正して、表現に誤りがないか、
自分の思考、感情は伝えられているかを
自分が書いた文章で見つめ続けた。
ここまで「自分が描いたもの」に真摯に
向き合えるのはnoterの特権なのかもしれない。
そんなnoterのしての活動も、
思った以上に振るわず
最初は1週間に1本、だんだん月1本になって、
気づけば半年に1本になっている。(笑)
継続して書き続ける先輩noterさんたちには本当に頭が上がらない…。
そんな自分も、この記事が本当に久々に書く
記事か、と言われるとそうではない。
実は下書きには10本ほど控えているのだが、
時期的に過ぎてしまったものや
もうその時の感情になって書く自信が
無くなってしまってボツになったnoteなど、
「部屋は片付けられないけれども、
どれも大事なものだから捨てられない」
現象になっている。
サクッとボタンを押して「削除」を押せばいいものの、それが出来なかった。
でも、その時の感情を自分だけで振り返ることができるのもちょっと面白いなと思ってしまい
結局ずっと「下書き」の欄に残し続けるのだろう、俺は。
そんなこんなで指折り数え程度にしか投稿は出来なかったが、noteには刺激がすごくあった。
一番驚いたのは、今年数少ないnoteの中でも
思った以上の反響がきた記事を書いたとき。
「大好きを、失った。」
大好きなサガン鳥栖から今年の夏に移籍をした
河田篤秀の記事を書いたときだった。
あまり活発的ではないが、
サガン鳥栖応援アカウントのXがあったので、
何気なく記事を投稿したということを
シェアしたのだ。
少し経った頃。
いつもは大人しい携帯が騒ぎ始めた。
「あれ、なんか伸びてる…」
他の人気なnoterさんや鳥栖サポさん程ではないが、確かに騒がしい。(笑)
その騒がしさが落ち着いたのは、
投稿してから約1週間後のことだった。
あの記事は移籍が発表された直後に、
悔しくて悲しくてやるせなくて、
でもどこかに気持ちを綴らなければ自分が
後悔する。という気持ちだけで
最初に書いたような推敲もせず、ただのお気持ち表明として書いた記事だった。
その個人的なお気持ち表明が、人に見られる。
通知音が落ち着いたころに少し
恥ずかしさも感じたが、
思った以上の反響と、皆さんの寄り添ってくれた気持ちのおかげで
快く送り出すことが出来た気がする。
本当にありがとう。
その後のサガン鳥栖は、
ニュース等で見た人も多いだろう。
本当に残念だし、悔しかった。
降格が決まった時、自分は京都まで向かい、
現地で降りしきる雨の中試合を見届けていた。
試合に完敗した後、大阪を拠点にしていた自分は京都から大阪へ移動している電車の中で
降格を知った。
誰にも気持ちをぶつけることが出来ず、
もどかしい気持ちだったから、
こういう時こそnoteに綴ろう!
と思ったのもつかの間。
何も言葉が出てこなかったのだ。書けなかった。
書いたのはタイトルとほんの100文字弱の
文章だけだった。
「何のためにnoteを活用するのか」が自分の中で疑問になった瞬間でもあった。
なんならその旅行で大阪に行った時の話も書きたかったし、
サガン鳥栖の試合観戦の遠征で広島に行った話とか、
九州ダービーでコテンパンにされた話とか、都度書きたいことは溢れてきていたが
「1つの記事」として完成させることが、本当に難しく感じた。
でも文字起こしをしている時間は本当に楽しい時間だし、
どう表現しようか、とか考えている時間も自分の中に今まで設けたことのない時間だったから
すごく大事な時間だってことにも気づいた。
だから、これからもマイペースに記事は書きたいです。本当に。
でも、もう少し、頑張ってたらよかったな。
でも、結局こうなるのもある意味俺らしいな。
あーあ、noteって面白いな。
来年の目標ですか?
来年の自分に聞いてください。(笑)