拒血症
午前一時に仕事を終えると、私は急いで行きつけの輸血バーへと急ぐ。
お腹が減って頭がおかしそうになりながら、人通りのほぼない、街灯の灯り以外は真っ暗な道を、ひたすらに歩く。ようやく小さな店の前まで来ると、ホッと一息つけた。
店のドアベルを鳴らして中に入れば、いつものお客と店主が楽し気に話をしていた。
「やぁ、お仲間さん。ようこそ」
店主はにこやかに挨拶をしながら、いつものように輸血用の器具を用意してくれる。
私は空いているカンター席に座ると、スーツを脱ぎ、さらに腕まくりをする。何度か手を握ったり開いたりすると、不健康そうな血管がピョコンと浮き上がる。
血液の種類を尋ねられて、B型と答えると、店主は輸血パックを器具に取り付け、私の血管に針を刺す。毎度のことながら手際がいい。
「では、ごゆっくり」
私よりもはるかに長い犬歯を出して笑いながら、店主は再び常連との会話に戻っていく。
吸血鬼の一割ほどは、人間の血を飲むことができない。血を拒否するので、拒血症と呼ばれるのだが、治し方は誰にもわからない。
私は生まれてすぐに拒血症と診断された。実際、血の味や感触を私は極度に嫌った。人間の父と吸血鬼の母は、私の将来を心配した。
人から吸血できないということは、定期的に輸血をする必要がある。輸血用の血液は独自のルートで購入するしかなく、必然的に金がかかる。ということは、金を得るために働かなくてはならない。それが、基本的に人間に寄生して働くことのない吸血鬼や理解ある人間には、茨の道のように思えるようだ。
ただ、幸か不幸か、私は働くことにそれほど抵抗はなかった。今も、趣味で仕事をしている変わり者の吸血鬼の下で、事務仕事をしながら、輸血用の金を得て暮らしている。
輸血は吸血鬼専門の輸血バーで行っている。全国に数軒しかなく、わざわざその近くに引っ越して仕事も探した。ただ、その手間のお陰で、血が飲めない吸血鬼仲間とも知り合うことができ、幼い頃から抱えていた孤独を、ほんの少しだけ癒せるようにもなった。
血液が身体を巡ると共に、空腹感が消えていく。店主と常連客が最近トレンドの輸血液について話していることに気付き、会話に加わるために口を開く。
夜はまだ長い。会話を楽しむ時間は、タップリとあるはずだ。