【BFC6落選展】灯台の思い出
私が初めて灯台とプロレスをしたのは、高校二年生の秋のことだった。
あの当時、私が住んでいた街の浜辺には、灯台たちが普通にウロウロしていた。灯台の大きさは平均して一mくらい。大きなものでも、二mほどだったと思う。
灯台たちの底部には、透明な触手が何本もついていて、それを巧みに使いながら、ノロノロと浜辺を歩いているのだった。
灯台たちについては、小学生のころから繰り返し教えられてきた。あれは普通の灯台によく似た何か別の生き物なのだという、曖昧な説明が高校のころまで繰り返された。
今にして思えば、固有種だったのだろうと思う。だが、何せ幼いころから普通にいるものだったので、先生に特殊な生き物なのだと何度言われても、でも普通にいるじゃん、としか思わなかった。
大人になった今でも、灯台は歩くものだというイメージが根強くあるのは、幼いころから見ていた、浜辺をうろつく灯台たちの姿が記憶として焼き付いてるからなのだと思う。
灯台たちは、遠目から観察している限りは、とても無害な存在だ。昼間はノロノロと浜辺をうろつき回り、夜になるとその場に突っ立って、頭頂部にある照射灯らしき器官をクルクルさせ、蒼白い輝きで辺りを照らす。
彼らの主な生活パターンはその二種類で、それ以外の行動を起こす灯台を、私はあまり見たことがない。
高校二年生当時、私は絵画部に所属していて、冬に開催される絵画コンクール用の作品として、浜辺をウロウロする灯台たちを題材にしたいと考えていた。
浜辺にいる灯台は、私も含めてこの町に住んでいる人にとっては、日常の一部でしかない。だが、他の地域の人にとってはきっと珍しい存在に違いないから、絵画コンクールではそれなりに注目されるのではないか。そんな計算があったことは否定できない。
だからあの日、私は学校帰りに一人で浜辺へと向かい、ノロノロ動き回る灯台たちを間近で眺めつつ、スケッチをしていたのだった。
灯台たちの動きは、とてものろい。だから、ゆっくりと鉛筆を走らせることができた。
私はスカートが白砂で汚れることも厭わず、その場に座り込み、灯台たちをスケッチした。
最初は一体だけスケッチすればいいかなと思っていたのだが、よくよく観察すると、灯台たちは一台一台に個性のようなものがある。
白い身体に妙に艶がある灯台、投光器の部分が他のに比べて細長い灯台、動く時に身体全体をスイングさせる灯台等々。
見れば見るほど、灯台たちの違いが際立ってきて、あっちの灯台もいいな、こっちの灯台も絵になるなと思いながら、私は視界に入った灯台を片っ端からスケッチしていった。
目の前にいる灯台とスケッチ。それ以外は、何も見えていなかった。
突然、後ろからボスンと衝撃を受けたのは、丁度十台目の灯台を描き終わった時だった。
私は前につんのめり、鉛筆やスケッチ帳が前に投げ出される。慌てて立ち上がり、後ろを振り向くと、何かが顔スレスレを過った。
一歩後じさりながらよくよく見ると、それは一台の灯台だった。
灯台は底部で絶妙なバランスを保ちながら、グルングルンと身体を回していた。
どうやら、先ほどの衝撃も、背後に回り込んでいた灯台による一撃だったらしい。
灯台に攻撃されている。
その事実が、ジワジワと頭の中を占領し始めると共に、私は無性に腹がたって来た。
「アンタね、背後から攻撃するなんて、卑怯だとは思わないの?」
私は灯台に向かって詰問をした。だが、灯台は反省する気配を見せることもなく、なおもグルグルと回転しながら、近付いてくる。
その態度に、私はカチンときた。
グルグル回転する灯台をガシッと両手で捕まえると、そのまま思い切りよくバックドロップの要領で、地面に叩きつけた。
「いい加減にしろぉぉぉ!」
私の叫び声と、灯台のガシャンという悲鳴が浜辺に響いた。地面に叩きつけられた灯台は、ピクリとも動かない。気絶したのだ。
私は鉛筆とスケッチ帳を拾い上げ、妙な爽快感を覚えつつ、無言でその場を後にした。
灯台とプロレスをしたのは、あれが最初で最後だった。
絵画コンクールに出した灯台たちの絵は、見事に落選した。ただ個人的には気に入っていたので、送付前に撮影した写真データは、今もスマホの中に大切に保存している。
灯台とプロレスをして以降も、私は高校を卒業して、遠くの大学へ行くまで、何度も灯台たちを眺めに浜辺を訪れた。
もちろん、背後を取られることのないよう、十分に気を配りながら、時にはスケッチをしたり、スマホで写真を撮影したりもした。
時々、他の人が灯台に締め技やバックドロップをキメている姿を見かけることもあった。技が決まると、誰もが満足気な顔をして、静かにその場を離れていく。きっと、私も灯台にバックドロップをかました後は、あんな顔をしていたのだろうなと、そのたびに思った。
あの浜辺は、私が大学生の時に護岸工事が進み、今ではすっかり見る影もない。当時相当に反対運動もあったと聞くのだが、自治体は粛々と護岸工事を進めたようだ。
そのせいか、今ではもう、浜辺をうろつく灯台たちの姿は、影も形も見えなくなった。
行政のせいで固有種が絶滅したと嘆く、生物学者の記事を見かけたこともある。
だが、私はその意見には懐疑的だ。
彼らはそんなにやわではない。何せ、人間を背後から襲撃するような存在なのだ。
きっと、別の浜辺に移動して、今もノロノロ動き回っているに違いない。
少なくとも、私はそう信じている。