幽霊違い
女伯曰く、このトンネルには幽霊が出るらしい。詩人であり、闇を愛する女伯は、全国に伝わる奇妙な話を収集し、実際に現地に行くことを生きがいにしている。
女伯が奇妙な場所に行けば、一冊本ができる。彼女のファンの間では、そんな噂が駆け巡り、昼となく夜となく、彼女のパソコンには奇怪な情報がメールで届けられるのだ。
アブサンという街にある古ぼけたトンネルに幽霊が出るというのも、そんなファンの一人から届けられた情報だった。
吸血鬼のように夜にしか行動したがらない女伯は、遠い昔に酒場で知り合った夜型人間の私を付き人兼運転手として、今回もアブサンの街へと繰り出したのだった。
トンネルは酷く古びていた。かつては青煉瓦の美しさが際立っていたのかもしれないが、今はもう煤けてしまい、どことなく陰惨な雰囲気を醸し出している。誰かが殺されて、その幽霊が出ると言われても信じられそうだ。
情報をくれた人も、どんな幽霊が出るのかはよくわかっていないようなんだ。詳しい幽霊の情報を、何一つ送ってきてはいなかったから。多分、噂話の類なんだろうね。
女伯は語りながら、トンネルへと向かう。私は女伯お気に入りの百年物のランプを片手に、彼女の横を付き従う。
トンネルは短かった。だが、内部の闇はネッタリと濃く、纏わりつくようだ。ランプが灯っているのに暗く感じる。
私たちはトンネルの中央で立ち止まった。
幽霊なんてどこにもいないように思えた。
やっぱり単なる噂だったかなぁ。
女伯がぼやき、元来た道を私たちは戻った。
トンネルから外へ出た途端、背後で何かが崩れる音が聞こえた。
慌てて後ろを振り返ると、さっきまであったトンネルが影も形もなくなっていた。あるのは、綺麗に整備された平坦な道路だけ。
私と女伯は呆気に取られて顔を見合わせた。
女伯が携帯電話を取り出す。
数分の後、彼女は乾いた笑い声をあげた。
ごめんごめん、私がボケてたみたい。
女伯が見せてくれたのは、このトンネルの情報を教えてくれたファンのメールだった。
アブサンには、古ぼけたトンネルの幽霊が出ます。どうぞお調べになってください。
トンネル自体が幽霊だったんだね。
女伯は苦笑し、詩人らしくペンとノートを取り出すと、猛烈な勢いで詩を書きはじめた。